【江國香織】「ここ10年ほど、どんどん登場人物が増える傾向にある」実在の場所がモデルになった小説『外の世界の話を聞かせて』【インタビュー】
公開日:2026/4/22
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年5月号からの転載です。

『シェニール織とか黄肉のメロンとか』は「読んで楽しいを目指し」、『ブーズたち鳥たちわたしたち』では「読んでびっくりしてもらいたい」と語っていた江國さん。
「今作は、“読んで自由になってくれたらいいな”と思いながら書いていました。ここに出てくる人たちは皆、ちょっとはずれ者というか、一般的には褒められる感じではなかったりするのですが、それでも全然大丈夫、というところから、それを感じてくれたらと」
斎場で働く4回も結婚をした真実子、彼女の3番目の夫にもなった豊樹と暮らし、さらに同居人を受け入れ、夜はバーテンダー、昼はフリーターを続けている真実子の弟の功、離婚後、ひとりで自分を育ててくれた母から受け継いだ私設図書館・南天文庫を営むあやめ。次々と移っていく視点人物の多くは1970年代、「ピンクの家」で不法に暮らしていた3家族の子どもたちだ。
「以前、四日市市に行ったとき、ピンクの建物があったんです。今は使われていない公民館だったのですが、“空いているんだったら忍び込めるかも。仲良しの友達と3、4人でここに住んだら楽しいだろうな”という空想が湧いてきて、それを物語に入れ込みました。ピンクの家で共同生活をし、兄弟のように育った子どもたちは、昔も今も、互いのことを家族だと思っている。まったく縁のない同居人となぜか暮らしている功もそれは同じで。家族というものひとつとっても、定型に捉われなくていいんだ、というふうに思ってもらえたら嬉しい」
あやめの営む南天文庫も江國さんが通っていた場所がモデルになっている。幼い頃からそこに通う視点人物のひとり、高校1年生の陽日が、〈ここはすべての本とつながっている場所で、現実から遠く隔てられ、守られている〉と感じる場所だ。
「そこで大人のためのセミナーに私は通っていたのですが、小さい時からここに通えていたらすごく楽しかっただろうなって。学校が嫌いで、いつも逃げ込んでいた図書室より、本たちの気配が濃かったので」
南天文庫の狭い部屋のなか、時々響いてくるのは、あやめから陽日への“外の世界の話を聞かせて”という言葉。それはこの物語を書いていくときの“頼り”でもあったという。
「あやめにとって南天文庫の外側、特に陽日の日常みたいな、自分からちょっと遠い世界のことが“外”。そもそも外や内というのが、どこを指すのかというのは人によって異なる面白い問題ですよね。どんなに自分を開放的だと思っている人でも、その人なりの外と内はあるし、たとえば同じ東京で暮らしていたとしても、見ている世界も生きている時間も違うから外と内は違う。それがこの小説のひとつのテーマでした」
この物語の人たちは皆、その外と内の中間にいるような人たちだ。
「真実子が勤める斎場も、あの世とこの世の中間にあるような場所だし、功が働くバーも、あやめが営む文庫も、どこか世の中の隙間のような場所。そんな隙間にいると、人って楽になれるんじゃないかなと思う」
私は何を書こうとしても世の中ごと書きたくなる
窓辺とか、机の下とか、子どもの頃、隙間のような場所にいると、江國さんは落ち着いたという。心をざわつかせる教室から抜け出し、校内の隙間の場所みたいなピアノレッスン室に行って、ひとりお弁当を食べる陽日のように。
「逃避でもあったと思うんです。友達と校庭で遊んでいても、ちょっと抜け出し、裏庭でひとり、スパイごっこをしていた。“私は小学生じゃない、学校に潜入した女スパイなの”という想像をして。そんな空想の世界も隙間ですよね。そして本を読むことも。電車のなかで読んでいると、肉体は電車に乗っていても、心は本のなかにいるから満員電車の苦痛も感じずに済んでいた。今はよくひとりでバーに行くのですが、お酒は家でも飲めるのに、足が向かうのは、自分だけの時空間を求めているからだと思うんです。バーは今の私にとって、肩書のない素の自分になることのできる隙間なのでしょうね」
〈「国家権力およびその手先から盗む」というアイディアを、「みんなとても気に入っていた〉という、70年代ならではのちょっと過激なことも言う、おおらかな大人たちがいた「ピンクの家」での生活のことを語る、今は亡きあやめの母、輝子も視点人物に加わり、語り手は次々と変わっていく。「ここ10年ほど、どんどん登場人物が増える傾向にある」と江國さんは笑う。
「何を書こうとしても、私は世の中ごと書きたくなってしまうので。世の中には、お年寄りも子どももいるし、二人で会話していても、“〇〇さん、元気だったよ”とか、そこにいない人の話も次々出てくる。世の中を描きたいと思うと、どんどん人が増えていくけど、そこで植木屋さんが綺麗に剪定するみたいなことはしない。雑草伸ばしっぱなしの無加工な庭のような小説を、今の私は書きたいんです」
〈陽日の両親は仲がよく、いまだに手をつないで外を歩く〉〈こんにゃくとか若布とか、つるんとしたものがあやめは好きだ〉。食卓の上にポンと置かれたような日常と地続きの、けれど鮮やかに光景の浮かぶ一行を最後に、語り手は、次の人物へとスイッチしていく。
「章の、最後の一行は大事にしています。でもこれも自然に出てくる。逆に言うと、そういう言葉が出てくるまで書いているんです。終わるための言葉じゃなく、“あ、ここで終わりなんだ”というものが出てくるまで」
フィクションと現実の間を行き来できると丈夫になれる
悲しかったり、驚いたり、淋しかったり、物語の中の人々にはいろいろなことが起きていく。けれどそれに対し、大人たちがあまり動じないのが、この物語の心地よさでもある。この先の時間の方が、今まで生きてきた時間より遥かに長い陽日だけはちょっと大変そうだけれども。けれど周りの大人たちを見ているなか、陽日はいいことに気付いていく。
「子どもはピュアで、大人になると、嫉妬などの汚い感情が渦巻くというイメージがあるかもしれないけど、そうとも限らなくて。子どもの方が複雑な事情を抱えていたり、小さなことにショックを受けたり。でも大人になると、そこから解放される可能性もあるよね、ということに陽日が気付いたのは良かったなと。私の小説にはメッセージ性も答えもないけれど、今作はなんとなくそれに近いものが透けて見えるかもしれません」
あやめが外の世界の話を陽日に聞きたがるように、陽日もピンクの家の話を聞きたがる。どうしてそんな、昔のことを聞きたがるの?というあやめに、〈読み始めた本は読み終わりたくなるでしょ?〉と陽日は言う。
「事実でも、人から語られるそれは、フィクションのようだし、フィクションも読んでいる間は現実のようで。そこを行き来できると、どちらかだけより、しなやかでいられるような気がして。本を読むこともそうですが、そういう入れ子状態になれるような場所を持つと、人は丈夫になれるのではないかと思います」
今作を書き終えたとき、自身がそこに行ったような思い出に浸る気持ちになったという。
「自分が見たピンクの家とか、通っていた子ども文庫をビジュアル的なモデルにはしているんですけれど、書くことで初めて、そこに出かけられたような気がしているんです。自分のなかの記憶よりも、この物語に書いたことの方が、“私の思い出なんだ”という気がしています」
取材・文:河村道子 写真:山口宏之
えくに・かおり●1964年、東京都生まれ。『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、『号泣する準備はできていた』で直木賞、『がらくた』で島清恋愛文学賞、『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞、「犬とハモニカ」で川端康成文学賞、『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞を受賞。小説のほか童話、詩、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍中。

『外の世界の話を聞かせて』
(江國香織/集英社) 1980円(税込)
私設図書館・南天文庫。高校1年生の陽日は、幼い頃からここに通い続けている。運営のあやめは陽日に時々、こう言う。「外の世界のことを話して」。陽日はあやめが子どもだったころの話を集めてもいる。なんでも「ピンクの家」と呼ばれた元公民館に、3組の家族が身を寄せ合い不法に暮らしていたらしく……。時間と場所を超え、織り上げられてゆく人の生に静かに耳を傾ける群像劇。
