他人の着こなしへの口出しはあり? 伝統を重んじる「着物警察」の存在に賛否が分かれる理由/何がダサいを決めるのか②
更新日:2026/4/23

『何がダサいを決めるのか』(平芳裕子/ポプラ社)2回【全8回】
ファッションの世界では「おしゃれ至上主義」が常識。しかし、世間一般の価値観は少し違うようです。「似合ってないと思われたくない……」「年相応じゃない服は着たらいけない」なんて、見えないルールに縛られていませんか? まるで「ダサい」ことが悪のように扱われるこの空気、一体どこから来たの!? 本書ではそんなモヤモヤを一気に吹き飛ばすべく、服の歴史や社会背景をもとに「ダサい」の正体を徹底解剖します。常識を脱ぎ捨てて、もっと自由におしゃれを楽しもう! 私たちが囚われているファッションの常識をアップデートしてくれる一冊『何がダサいを決めるのか』をお楽しみください!

慣習に従うことを要求する人たち
一方で、逆のケースも見られます。つまり、従来の慣例的な服装に従うことを要求するものです。それが二つ目、服装の着こなしに意見を述べるタイプです。近年、アンティーク着物や浴衣が若い人たちの間で流行しています。日本の衣服である着物を、洋服で育った若者たちが身につけることは、伝統の継承という意味において歓迎すべきことです。ところが、その着こなし方、つまり着物の着付けをめぐって色々な意見が飛び交っています。
たとえば、こんな話が新聞やネットで紹介されました。ある若い女性が、街中で着物を着て歩いていたところ、突然知り合いでもなんでもない女性に声をかけられ、「着物と帯の色が合っていない」だの、「帯が崩れている」だの、色の組み合わせや着付けについて注意されたというのです。注意されるだけならまだよいのですが、場合によっては帯を直されたり、衿を直されたりすることもあるそうです。
実際に着物を着ている当人にしてみれば、見ず知らずの他人に手出しをされるわけですから、びっくりしたことでしょう。街ゆく人の着物姿をチェックして、着付けがおかしいと注意し、時には修正もしてしまう人。その様子が、道路の端で目を光らせて、交通ルールに違反した人に切符を切る警察官のようだということで、「着物警察」と呼ばれるようになりました。
現代の男性は儀式においても着物を着る機会が少ないので、読者のなかにはこういった話を聞いてもぴんとこない人もいるかもしれません。たとえば、花火大会に浴衣で出かけるとしましょう。最近はユニクロでも男性用の浴衣を扱っていますから、気軽に浴衣を購入できるようになりました。そこで、気に入った色や柄のものを手に入れて、いざ浴衣で街に出てみたら、突然人が寄ってきて、浴衣にサンダルはおかしいと言われたり、帯の位置がおかしいと手をかけられたりする、そんな感じを想像してみてください。
着物警察と名指しされる方たちは、年配の女性が多いようですが、これは世代間で服装の経験が異なることを反映しているように思われます。着物が日常着であった頃、着物の着方を家族から習った世代は、さまざまな知恵や工夫をこらしながら着ていたことでしょう。ところが洋服の普及によって着物が儀礼的な服となると、着物の着方を教授する着付け教室なども増えます。教室で着物について学習する世代にとっては、着方や道具の知識は教本にそってマニュアル化されたものとなります。正しい着方や美しい着こなし、着付けや作法は、形式を重視するものとなりがちです。
しかし、今や洋服の普及とファッションの発展によって、着物を着ること自体が(そもそも日本の慣習であったにもかかわらず)異文化体験のように感じられる時代です。そのような世代にとっては、着物のおしゃれも洋服と同じように楽しむ傾向にあります。上の世代にとっては非常識に見える作法であっても、若い世代にはそれが新しい着こなしのアイデアであったりするわけです。
そこで、SNS上には、着物警察に遭遇したことの報告とともに、着物警察への対抗と思しき投稿が数多く見られるようになりました。着崩れを恐れずに着物を着用し、着物のおしゃれを楽しみ、応援するようなコメントです。この場合には、伝統的な着物の着方に対して自由なおしゃれを主張しているために、先に挙げた「慣習に疑問を投げかける」タイプに通じると言えるでしょう。
