凶悪事件は一切なし! 酔っ払いや痴話ゲンカに向き合う“おまわりさん”の面倒で愛おしい日常『怪しいおまわりさん』【書評】
PR 更新日:2026/6/18

制服姿の警察官には、どこか近寄りがたい空気がある。感情を見せず、冷静で、きっちりしている存在。だからだろうか。人間らしい瞬間を目にすると、思わずドキっとしてしまう。そんな“制服の裏側”を覗き見する感覚が味わえるのが、『怪しいおまわりさん』(無機質/集英社)だ。

武蔵野警察署公園東交番。この小さな交番には、4人の“おまわりさん”がいる。黒マスク姿で感情を読ませない芦川、泣きボクロが印象的な井崎、筋肉質で人懐っこい鈴岡、坊主頭でどこか陰のある斗賀。彼らが向き合うのは、凶悪事件ではない。痴話ゲンカの仲裁や酔っ払い対応、人生相談といった、日常のささいな出来事だ。ときに寄り添い、ときに振り回されながら、おまわりさんたちは街の平和を守っている。だが、市民の前では見せない彼らの“本音”は複雑で……。
「次にくるマンガ大賞2025 Webマンガ部門」にノミネートされ、韓国版も発売されるなど、注目を集めている本作。タイトルからハードな警察モノを想像するかもしれないが、本作が描いているのは“事件”ではなく、警察官たちの日常だ。交番に持ち込まれるのは、どうしようもなく面倒だけど、ちょっと共感できる困りごとばかり。警察官たちも完璧ではないから、全部を解決できるわけじゃない。それでも4人は相手の話を聞き、少しだけ前を向かせる。

そんな穏やかさが漂う作品だが……読んでいると、妙に胸がざわつくのだ。ロッカールームで制服を脱ぐ姿に。交番の窓際で煙草を咥える横顔に。何気ない動作に。怪しい色気を感じて仕方がない。「見てはいけないものを見てしまった」という背徳感に近いのだろう。そうした“説明しない”空気の作り方が、本作はとにかく秀逸。視線の向け方、沈黙、ちょっとした仕草といった余白から、4人の感情や関係性をじわじわ伝えてくる。とくに印象的なのが視線。井崎が芦川を、芦川が斗賀をといった具合に、それぞれが目で追っている。だが、意味までは語られない。だからこそ「これは友情? それとも……?」と気になってしまう。

1巻では、4人がどんな人間で、どのような関係なのかは断片的にしか描かれない。しかし2巻に入ると過去が少しずつ見え始め、「もしかして1巻のあの描写は……?」と読み返したくなってくる。
人間くささを制服の下に隠し、交番のおまわりさんとして街の人と交流する姿もじつに良い。たとえば、繁華街をパトロール中の芦川が、顔見知りの青年に「バイト頑張って」と声をかけるシーン。たったそれだけなのに、妙に心地よく感じた。街中の“通行人”ではなく、個人として気にかけてくれる。そんな存在がいるだけで、少しだけ安心できる夜もあるかもしれない。

とはいえ、地域の人たち全員が好意的なわけではない。つらく当たられることもある。それでも腐らず、職務を全うしようとする4人の姿が格好いい。
また、「警察官、自衛隊、筋肉を好む」と公言している作者だけあって、制服や筋肉の描きこみは細部まで抜かりない。とくにコミックスのおまけページなどでは、作者の「好き」が詰まった特別な1枚も楽しめる。
『怪しいおまわりさん』第3巻が好評発売中。交番にやってくるのは今回も、迷惑なのにどこか憎めない人たち。家飲みで酔っ払い、何度も通報してくる義理の親子。ジャングルジムに挟まってしまったおじさん。さらには斗賀の“元嫁”も登場し、4人の心境にも変化が訪れる。おまわりさんたちの人間模様から、ますます目が離せなくなりそうだ。
文=倉本菜生
