故郷の味とマダムの優しさに、思わず涙。“どんな料理でも出てくる喫茶店”マンガで自己肯定感が爆上がりする理由【『注文の多い喫茶店』書評】
PR 公開日:2026/6/8

新生活への緊張感が少し緩むこの時期は、疲労が出やすい。体の疲れだけでなく、心の疲れを感じるのもこの時期ならではだと思う。
そんな時期だからこそ手に取ってほしいのが、自分を労わることの大切さが知れる漫画『注文の多い喫茶店』(グリコ/少年画報社)だ。
舞台は、東京のとあるビル内に存在する喫茶店「モルティ・オルディニ」。「多い注文」という意味の店名を掲げる「モルティ・オルディニ」は、来店客のどんな注文にも応え、本格的な料理を提供する魔法のようなお店である。
オーナーは、魔女を彷彿させるマダム。アバウトなオーダーでも動じることなく、「あるわよ」という決まり文句を返し、絶品料理を提供する。

登場人物たちがマダムの料理を堪能するグルメシーンの描写は秀逸。おいしそうに料理を楽しむ姿を見ていると、お腹の虫が鳴る。


マダムは、全国各地のご当地グルメもたくさん提供する。そしてそれは、観光用にローカライズされた“ご当地グルメ”でなく、地元の日常生活の中で食べるような一品たち(もちろん抜群においしい)なのだ。読者は自身の故郷を思い出し、懐かしい気持ちになるはずだ。
本作は、料理を介して生まれるマダムと来店客のヒューマンストーリーが主軸であるため、自分の柔らかな部分を突かれてホロっとすることもあるだろう。例えば、この春から新天地で頑張っている人に刺さるのは、名古屋から東京へ転勤した花野木ひばりの話だ。
ひばりは故郷の赤だしが恋しくなり、スーパーへ行くも入手できず、がっかり。そんな時、マダムの店に辿り着き、赤みそを使った豆腐とわかめのお味噌汁を堪能することができた。
慣れ親しんだ味を楽しめたひばりはホっとしたからか、慣れない土地で感じるしんどさを吐露。すると、マダムは彼女の弱音を受け止めつつ、その悩みをポジティブに変換する。
「そりゃそうよ 理屈抜きでイヤでしょ 慣れた土地をはなれて暮らすのは」
「まぁでも 当たり前だったことがどれだけありがたかったか 気づくチャンスはあるわね そういうのって新しい場所ではじめてわかるものだから」


マダムの助言に触れると、苦しい日常の捉え方が少し変わるかもしれない。
また、子どもの頃の初恋を引きずる長澤優子のストーリーも読みごたえがある。小学校の同窓会に出席した優子は、初恋の相手と再会。思い出話に話を咲かせた帰り道、彼が勧めてくれたバイスサワーとやきとんの組み合わせを楽しみたくなり、たまたま見つけた看板に誘われ、マダムの店へ。
マダムは豚肉の旨みが凝縮されたやきとんと、本格的なバイスサワーを提供する。

優子は、大人になっても子どもの頃の初恋を引きずっている自分を恥ずかしく思っていた。だが、マダムはその恋心を温かい言葉で包み込む。
「子どもの頃に好きだったものを切り捨てるのが大人じゃないわ」
「大事に持ってられるのは上手に大人になってる証拠」

恋心以外にも、人には大人になるまで大切に抱えてきた様々な気持ちがあるものだ。そうした自分を私たちは「子どもっぽい」と卑下しやすいが、大切な感情を抱え続けたまま大人になることは案外難しい。
そんな事実に気づかせてくれるマダムの言葉に触れると、自分という人間を少し褒めてあげたくなることだろう。
本作には他にも、夢を叶えるために元カレとの別れを選んだ人や引っ越しが多くて自分にとっての“ふるさとの味”が分からなくなった人など、様々なモヤモヤを抱えたキャラクターが登場する。
新生活をテーマにしたエピソードも多く収録されているので、慣れない環境の中で奮闘中の新社会人にもおすすめ。ぜひ、似た悩みを持つ人物に心を寄せつつ、マダムの言葉から自分を労わるヒントを見つけてほしい。
文=古川諭香
