「二時間サスペンスの女王」山村紅葉が小説家デビュー。歌舞伎の名門と京都・祇園の老舗置屋を舞台にした「血」をめぐる禁断サスペンス【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/6/23

祇園の秘密 血のすり替え
祇園の秘密 血のすり替え(山村紅葉/双葉社)

 何なんだこの現実感は――ページをめくってすぐにそう思わされた小説の作者が、まさか、あの「二時間サスペンスの女王」だとは。

 二時間ドラマなどで活躍し、「二時間サスペンスの女王」という異名をもつ俳優・山村紅葉がついに小説家デビューした。作品の名は『祇園の秘密 血のすり替え』(山村紅葉/双葉社)。「ミステリーの女王」と呼ばれた小説家・山村美紗を母にもつ彼女が、「血」をテーマにつむぎあげた極上のサスペンスだ。山村美紗が筆を置いた65歳という節目の年齢で小説を上梓したというのもミステリーファンとしては感慨深いが、本作の面白さは、そうした話題性だけにとどまらない。祇園という華やかな街に隠された秘密。家を守るためにつかれた嘘。「血」という、もっとも大切で、もっとも厄介なつながり。京都という土地を舞台に、伝統の世界に生きる人々ならではの美しさと閉鎖性、そして、欲望と葛藤が交錯していく。

祇園の老舗置屋と歌舞伎の名門、ふたつの家に隠された秘密

 この物語では祇園で伝統を守る、あるふたつの家の歴史が語られていく。まず語られるのは、老舗置き屋「紅屋」の歴史。1948年にその長女として生まれた楓は、小柄な体格に、白く丸い顔、おちょぼ口にぱっちりとした目をもつ愛らしい容姿の舞妓として、たちまち祇園で有名になった。そんな彼女は、やがて、結婚をし、子どもを育て、波乱を乗り越えながら、「紅屋」を継ぐに至る。やがて、楓にも孫が生まれるが、生まれてくるのは男の子ばかり。孫に会うために病院の新生児室の前にいた楓が出会ったのは、小学校・中学校の同級生であり、当代きっての人気を誇る歌舞伎役者・十八代目山村貴衛門。どうやら山村には年の離れた子が生まれたらしい。「うちは上の子が女やったのに、また女やねん」という彼に、楓は「逆やったらよろしおしたのになあ」と冗談を言ったのだが……。由緒ある家に生まれた人間たちが背負う宿命と選択。名門存続のため操作された血は、20年後、あまりに美しく、残酷な才能として開花する。

これは本当にフィクション? 血と才能をめぐる濃密なサスペンス

 これは本当にフィクションなのか。そう思わされる現実感がこの本にはある。京都出身だからといって、京都の花街と歌舞伎界というふたつの伝統文化が身近だったからといって、どうして山村紅葉は、こんなにもリアリティのある物語を描くことができるのだろう。「ミステリーの女王」山村美紗の「血」を引いているからなのか。俳優として培ってきた観察力と表現力が生かされているのか。ページをめくるほどに、この出来事は本当にどこかで起きていたことなのではないかという妙な生々しさに飲み込まれてしまう。

「血」とは何か、「才能」とは何か

 置き屋を守る者、歌舞伎界で生きる者。それぞれが、何を考え、何を見てきたのかを追っていけば、伝統を守ること、「血」を絶やさないことへの切実さが迫ってくる。けれども、その切実さがあるからこそ、祇園の人々の葛藤と、おかされた禁忌に胸のざわめきがおさえられない。こんなことが許されていいのか。では、「血」とは、「才能」とは何なのだろう。そこまでして、彼らは一体何を得て、何を失ったのだろうか。

「この子は、誰の子や?」

 そんな台詞に思わずぎくりとする。ちりばめられた伏線とその回収は鮮やかで、何度もハッとさせられる。胸の奥に残るのは、秘密を抱えて生きる人間の哀しさ、そして血だけでは割り切れない伝統の重み。「こんなこと、現実にはありえない」と笑い飛ばせない。美しい祇園の景色の奥に、人には言えない因縁や沈黙が折り重なっているように思えてくる。

 いくつもの因縁が絡み合った先に何が待ち受けているのだろうか。気づけばその答えを無我夢中で追い続けてしまう。なんて濃密な1冊なのだろう。「二時間サスペンスの女王」が、作家としての血を解き放ったこの作品、そのただならぬ読み心地を、ぜひともあなたにも体感してほしい。

文=アサトーミナミ

祇園の秘密 血のすり替え