都会の女/絶望ライン工 独身獄中記 第73回

暮らし

公開日:2026/7/8

繁殖行動を目的とした男女が集合し、ファック・バディを経て婚姻関係を結ぶまでの過程をロマンスと言う。
ロマンスにはいくつかの分岐があるが、初期段階における非接触な駆け引きは特に婚活などと呼ばれているやうだ。

私も婚活の真っ只中であるから、女性との出会いを求め様々な場所へ赴く日々である。
恵比寿PARTY☆PARTY、渋谷womb、晩杯屋蒲田西口店、豊洲ぐるり公園、大井ふ頭海浜公園、横須賀うみかぜ公園、大磯港、赤レンガ倉庫前……
福島の田舎出身の自分からすれば東京は凄い場所だ、いくらでも女性と出会うチャンスがある。

東京でのロマンスを求め、本能のまま婚活をしたこの数年間で気が付いたことがあります。
それは東京で出会う女性は皆東京の人だということ。
地方出身者はほぼいない。東京や横浜、遠くても川越あたりが実家の場合が多い印象である。
彼女らは田舎を知らぬ都会の女たちだ。
蛍も天の川も裏山に住み着くタヌキの親子も見たことがない。
祖母が作ってくれるのは畑で取れた青臭くてぬるいトマトジュースではなく、牛乳で割った冷たいミロだろう。
俺たちが火曜深夜0時半まで起きていなければ観られなかったアニメを、2年も前の水曜午後6時半から悠々と観る事ができたハズだ。こんなのないよっ!

何故東京で地方出身の女性に出会わないかというと、男性以上に地方を脱出することが困難だからであると考える。
会津を例に挙げればそこは巨大な自然監獄として機能していて、この地で出生した人間を絶対に逃がさない。
パチンコ屋という名のマトリックスに繋がれ出来婚ループを繰り返すためだけに、まやかしのロマンスは存在する。

一見すると田舎の女性は不幸であるかのように思われるが、実際はそうでもねえ。
産まれた子供に変な名前をつけ皆幸せそうに暮らしている。
そういえば子供の変な名前はだいたい母親がつけるらしい、産後のマタニティーハイに起因してそうなるとか。
マタニティーハイ、カクテルのように甘美で危険な響きである。

それに比べ都会の女は実に悲しい存在だ。
映画やドラマで青々とした田畑を見る度、ありもしない故郷の記憶を懐かしむ。
お盆に香る線香の匂い、縁側で食べたスイカ、カナカナと啼くひぐらしの声——
どれも存在しない植え付けられた記憶であるが、当時そうであったかのように郷愁の念に駆られるから不思議だ。

この感覚は自分にもあって、やはり存在する筈のない都会での幼少期を懐かしむ。
ホテル最上階で食べたチョコレートパフェ、通学路で鳴る踏切の音、夕焼けに染まる埠頭……確かに記憶にあるし、懐かしいと感じる。
田舎の男も悲しい存在なのかもしれない。

都会の女と田舎の男。我々は相性ピッタリじゃあないか。
ありもしない幼馴染だった頃の記憶を二人で懐かしもうぜ。

<第74回に続く>

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独身獄中記

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絶望ライン工(ぜつぼうらいんこう)
43歳独身男性。工場勤務をしながら日々の有様を配信する。柴犬と暮らす。

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