リンクするふたつの物語、そこから生まれる楽曲群。小説家とシンガーが生み出す“聴く小説”と“読む音楽”──『茜さす日に嘘を隠して』『青く滲んだ月の行方』座談会①

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/24

茜さす日に嘘を隠して
茜さす日に嘘を隠して
(真下みこと/講談社)
青く滲んだ月の行方
青く滲んだ月の行方
(青羽悠/講談社)

 物語を生み出す小説家と、楽曲に乗せて物語を届ける歌い手。それぞれが才能を発揮し、“聴く小説”と“読む音楽”を届けるプロジェクト「いろはにほへと」がスタートした。

 第一弾として、小説家・真下みこととシンガー・みさきによる女性デュオ「茜さす日に嘘を隠して」(以下アカウソ)、小説家・青羽悠とシンガー・Shunによる男性デュオ「青く滲んだ月の行方」(以下アオニジ)が、それぞれ5話&5曲を発表。7月1日には、ユニットと同名の単行本『青く滲んだ月の行方』(青羽悠/講談社)、『茜さす日に嘘を隠して』(真下みこと/講談社)が刊行されることとなった。

 どちらのユニットも10代後半~20代前半のクリエイターで構成されているとあって、各話で描かれるのも就活、恋愛などZ世代が抱える等身大の悩みや葛藤。しかも、ふたつの作品は登場人物や舞台を共有しており、密接にリンクしているのも面白い。両方読むと「この人とこの人がつながっていたのか」という驚きを得られるだけでなく、人は相互に影響を及ぼし合って生きているという当たり前の事実も突き付けられる。

 単行本発売を記念して、プロジェクトに携わった4名による座談会を実施。その模様を全3回にわたってお届けする。第1回は、『アカウソ』『アオニジ』それぞれの誕生秘話、リンクする物語の制作工程について語ってもらった。

取材・文=野本由起

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「小説と音楽の両面から作品を作れるなんて、自分の世界を広げてもらえるめったにないチャンス」(青羽)

──「いろはにほへと」は、講談社とエイベックスによる共同プロジェクトだそうですが、みなさんが最初にオファーを受けた時、どんな印象を受けましたか?

青羽:自分以外のクリエイターが加わり、小説と音楽の両面から作品を作れるなんて、めったにない機会だと思いました。自分の世界を広げてもらえるチャンスですし、もともと音楽が好きで作詞のようなこともしていたので「ぜひ本気でやってみたい」と、すぐにお引き受けしました。断るという選択肢はありませんでした。

Shun:お声をかけていただいた当時、僕はYouTubeで弾き語り動画を投稿するようなカジュアルな音楽活動をしていました。プロジェクトのお話を聞いて、これまでよりもレベルがひとつ上の活動なのかな、本格的なプロジェクトなのかなと感じたので、やってみようと思いました。

真下:私も、以前から趣味で作詞作曲をしていたんです。デビュー作『#柚莉愛とかくれんぼ』はアイドルの話だったのですが、作中に出てくる楽曲を実際に作ったこともありました。小説もそうですが、もともと趣味でやっていたことが仕事になるんだなと思い、即決で「やりたいです」とお返事したのを覚えています。

みさき:お話をいただいた時、いま話題のYOASOBIみたいだなと思い、すごくワクワクしました。私のことをまだ知らない人にも知ってもらえるチャンスだし、これからの音楽活動にとってもいい挑戦になると思って参加を決めました。

──最初に、各ユニットのおふたりで顔合わせをされたんですか?

Shun:僕と青羽さんは直接お会いしました。

青羽:僕は関西在住なんですけど、たまたまShunがこっちに来ていたんだよね。2020年末だったかな。

Shun:そうそう。

青羽:Shunは顔出しせずに活動しているのでどんな人だろうと思っていたら、自分と似たような大学生が来たぞって(笑)。同い年だし、フランクにコミュニケーションした覚えがあります。

Shun:最初はお仕事相手というイメージでしたけど、何分か話すうちに「やっぱ俺ら大学生だよな」となって(笑)。そのあとは、普通に友達みたいに話すようになりました。

──真下さんとみさきさんは、少しだけ年の差がありますよね。

真下:5歳違います。5歳違うと、小学校の時も2年しかかぶらないわけですよね。最初にリモートで打ち合わせをしたのですが、お互いに人見知りなところがあるので、何を話したらいいかわからなくて、「あ、こんにちは……」みたいな感じでした。

 でも、スタッフさんから「みさきさんはすごく天真爛漫な人です」と伺っていたんです。私、これまでの人生で「あ、天真爛漫だな」と思う人に出会ったことがなくて。どんな人だろうと思って話してみたら本当に明るくて、「これが天真爛漫か!」と言葉の定義がわかったような気がしました(笑)。話し方もかわいらしいし、声を聞いているだけで笑顔になれるんですよね。歌う時と全然違うな、というのが第一印象でした。

みさき:私、年上の方と話すのが苦手なんです……。でも、真下さんはふわふわしたマシュマロみたいに優しい人で。私にも丁寧に話を振ってくれて、一緒に組むのが真下さんでほんとによかったなと思いました。

青羽:相思相愛みたいになってる(笑)。

「青羽さんの小説『凪に溺れる』の一文が、自分への魔法の言葉のように感じられました」(Shun)

──お互いの小説や曲に対しては、どんな印象を抱いていましたか?

真下:みさきさんの動画をYouTubeで拝見して、透き通っているのに芯のある声がすごく印象的だなと思いました。聴いたことのない方は、今すぐ動画を聴きにいってほしいくらいです。とにかく「この人は今後絶対にもっともっと多くの人に聴かれる歌手になる」と思いました。

みさき:真下さんの『#柚莉愛とかくれんぼ』を読んだんですけど、怖かったし、とても面白かったです。小説を読むのは苦手ですが、真下さんの作品は先が気になってどんどん読んでしまいました。

Shun:最初に「一緒に組む小説家はどんな方がいいだろう」とスタッフに相談され、青羽さんの『星に願いを、そして手を。』と『凪に溺れる』を読んだんです。久しぶりに本を読んだのですが、すごく新鮮で。特に、『凪に溺れる』の「失ったものを埋めようとせず、空白と生きていく」という文章を読んで、「そんなふうに考えたことなかった。すげぇ!」と思いました。困難に直面したり、何かを失ってしまったりした時に、ただ苦しむのではなく、その現実をいい意味で開き直って受け止めたまま生きていく。自分への魔法の言葉のように感じられました。

青羽:ありがとうございます! そんな風に思ってくれてたなんて知らなかった。僕もYouTubeでShunの楽曲をめっちゃ聴いたんですけど、すごくいい気配を持っているなと思いました。中でも、ブルーノ・メジャーの「Nothing」の弾き語りがすごくよくて、何回も聴きました。

「ふたりの作家が書くことで、人間と人間が関わるうえで絶対に起きるズレがうまく表現できたと思います」(真下)

──その後、プロジェクトはどのように進んでいったのでしょう。まず小説家のおふたりが執筆に入ったんですか?

真下:最初は、プロットを作るところから始めましたよね。

青羽:エイベックスさんからこの企画をいただいた時に、大まかな人間関係を提示していただいたんです。ただ、そのままだと書くのが難しかったので、修正しながら「こういう流れはいかがでしょう」というたたき台を作りました。その作業は僕が担当しましたが、そこに真下さんがうまく乗ってくださって。半分以上は真下さんに膨らませていただきました。

真下:いやいや、そんなことないです。そもそもこのプロジェクトは、すべてにおいて青羽さんの締め切りが先だったんですよね。

青羽:そうでしたね。

真下:小説自体もそうだし、プロットも青羽さんが先に締め切りらしいと聞いて。4話分のプロットをいただき、「あ、この人とこの人がここでつながったら面白いな」と、こっちで自由にやらせていただきました。ただ、自由にやっていくと必ず齟齬が生まれます。そこに青羽さんからコメントをいただきつつ、調整していく作業が最初にありましたよね。

青羽:やりましたね。なかなか大変な作業でした。でも、それをきちんとやったから、ふたりの書くものがしっかり噛み合いました。

──『アカウソ』と『アオニジ』には共通の人物が複数登場し、互いに密接にリンクしています。一作の中で登場人物につながりを持たせることはありますが、ふたりの作家がふたつの作品で登場人物を共有するのは、相当大変だったのでは?

真下:そうなんです。初めての経験だったので、最初に共作と聞いた時はまだ大変さがわかっていなかったんですよね。プロットの時点でようやく「あ、これってすごく大変なのでは」と気づきました。

青羽:そう。共作って、うかつにやると大変なことになりますよね(笑)。

真下:プロットも大変でしたが、執筆の段階ではもっと大変になっていって。ふたりの描写がズレていくんですよね。例えば、プロットには「飲み会で先に帰る」と一行で書きますが、実際に小説にする時にはまず青羽さんと私がそれぞれの飲み会の模様を描くことになります。机の上に何が乗ってるか、どんな机なのかなど、全部がズレるわけです。というか、ズレるのが当たり前なんですよね。

青羽:なんで最初に気づかなかったんだろうと思いました。

真下:当たり前ですけど、ひとりで書く分にはズレないじゃないですか。自分の飲み会観の狭さを思い知らされました(笑)。その後は、打ち合わせやメールのやり取りで、お互いに絶対譲れないラインを示しつつ、「ここまでなら譲歩します」とやっていって。あれは“打ち合わせ”というよりは交渉でしたよね。

青羽:そうです。真剣にプロレスをやりました。でも、それをやったことで、結果的にいいものができたと思っています。お互いのバランス感覚を発揮して器用なことをしましたが、僕としては真下さんに合わせていただいた印象が強くて。そもそも僕のプロットから、存在しないもう片方のプロットを生み出すなんて、天才かなと思いました。

真下:私としては、青羽さんに合わせていただきっぱなしという印象なんです。確かに、「こことここがつながっていたら面白いな」と予期せぬ人物同士をつなげましたが、それも私が好き勝手やっただけなので。それに、作家さんの中には予期せぬことを嫌がる方もいると思うんです。自分のコントロールが効かなくなるわけですから。でも、青羽さんは「面白いっすね」と受け入れてくださって。執筆に入ってからは、私がわがままを言いっぱなしでした。

青羽:設定はもちろんですが、人間の内面がズレるところもあって。例えば『アカウソ』と『アオニジ』それぞれの第1話に、隼人と皐月という人物が登場するんです。僕は僕なりに皐月像を想定しますが、真下さんは皐月の一人称で彼女を書いていく。そうすると、人物像がけっこうズレるんですよね。でも、このズレって放置してもいいと僕は思っていて。というのも、誰かが僕のことを「青羽はこういう人だ」と思っても、僕自身は全然違うことを考えているなんて、当たり前じゃないですか。真下さんも僕も、それぞれの登場人物はこういう人だと考えて描くわけですが、絶妙にズレる。そのズレが逆にリアルだし、そこを詰め切らないからこそ、その差が生々しくて面白いなと思いました。

真下:単行本にあるズレは、基本的にはあえて残したズレです。「この人はこの発言を聞いて、こう勘違いしたんだ」と、『アカウソ』『アオニジ』両方を読むことでわかるようになっています。つい最近も絶対譲れない戦いがあったんですけど(笑)、それも結果的に青羽さんがすごくいい感じにしてくださって。今おっしゃったような、人間と人間が関わるうえで絶対に起きてしまうズレが、結果としてうまく表現できたと思います。

──「こういうところで絶対に譲れない戦いがあった」と、少しだけ実例を教えていただけませんか?

青羽:『アカウソ』『アオニジ』それぞれの第1話で、元カノと別れた隼人が「鬱陶しいとしか、思えなかったのかもな」と言うんです。それを聞いた皐月が、自分も彼氏から鬱陶しがられているのかもしれないと不安に思うシーンがあって。そこを修正していた時に、「隼人は元カノに対して『鬱陶しい』と思うようなヤツじゃないな」と思ってしまったんですね。そこで「鬱陶しい」という言葉を削ろうと思ったのですが、『アカウソ』のほうではこの言葉が必須になっていて。どうしようと悩みましたが、いい感じにテクニックを使って乗り切りました。

真下:その解決法がさすがだなと思って。そもそも青羽さんは、私よりも3年デビューが早いので、小説家として先輩なんですよ。やっぱり手数が違うし、テクニックが素晴らしいと改めて感じました。

青羽:今お話ししたところは、ぜひ『アカウソ』と『アオニジ』両方を読んでほしいです。

──普段の執筆よりも、数倍の労力がかかりそうですね。

青羽:修正が多かったですね。

真下:とりあえず自由に書くけど、このあと修正と話し合いが待ってるんだろうな、と(笑)。そういう意識はずっとありました。

青羽:でも、一番よかったのは、お互い中途半端に妥協しなかったこと。まずは書きたいものをきちんと書いて、お互いの表現したいことをなんとか活かしていきましょうというスタンスで臨みました。でも、一番偉いのは、間に入ってくださった編集さんですね。

真下:確かに。今回の場合、編集さんが間に入って、お互いの意見を伝えてくれました。それぞれの意見をどう取捨選択して相手に伝えるかによって、着地点も大きく変わったはず。最後までこじれることなく、今日笑顔で対談できているのは編集さんのおかげです(笑)。打ち合わせにも同席していただき、レフェリーのように我々の殴り合いを見ていただきました。

青羽:そんなに喧嘩してないですよ(笑)。

真下:たしかに、すごく和やかな殴り合いでしたね。

「小説を読まない人でも歌詞の意味が伝わりやすいように、言葉を大事にした歌い方を意識しました」(みさき)

──楽曲制作は、小説の執筆と並行作業だったのでしょうか。

青羽:僕の場合はそうですね。各話でやり方をいろいろ変えましたが、大体は僕が小説を書きつつ、簡単なコンセプト、歌詞にはならないけど気配が伝わるような文章を作成して、楽曲を作っていただきました。歌詞のたたき台のようなものを先に作って、楽曲を作っていただくという流れですね。楽曲のコンセプトを固める時に、Shunにも入ってもらって。で、上がってきた曲に歌詞をはめていくという作り方でした。

真下:私たちのほうは、『アオニジ』と違ってコンセプトの話し合いはしませんでした。というのも、小説のイメージで曲を作っていただくので、私が「小説のイメージはこうなんですけど」と言うと、みさきさんが口を挟めなくなってしまうんです。それは申し訳ないなと思い、みさきさんには歌詞についてコメントを求める形で制作に加わっていただきました。

 まず曲を作る前に、『アカウソ』チームのグループチャットに「こんな歌詞を書きたいんですけど」とアイデアを貼り付けて、そこにコメントをいただいて。「こんな曲を作ってほしい」という意見も、その時にお伝えしていました。

みさき:私としては、自分は何かを言えるほどの立場じゃないなと思って。難しい言葉も全然わからないですし。

真下:みさきさんは、いつも「大丈夫です」とグループチャットで言ってくださるんですよ。「本当に大丈夫かな。遠慮して言えないのかな」と思って、グループチャット以外に個人のチャットでも「大丈夫ですか?」と聞きに行きました。

青羽:ホスピタリティを感じますね(笑)。

真下:そこでも「大丈夫です」って言っていただいて。今更ですが本当に大丈夫でしたか?

みさき:はい、大丈夫です(笑)。

──Shunさんは、楽曲制作にあたって青羽さんとどんな話をしましたか?

Shun:自分のアイデアをちょっと混ぜていただくことはありましたが、そこまで僕から訂正や調整をお願いすることはありませんでした。

青羽:2曲目は、Shunが出したアイデアを「いいじゃん」ってけっこう使った覚えがあります。他には、歌詞が出来上がった段階で、どうやって歌ってもらうか、歌にちゃんと乗るか、声にしやすい歌詞になっているかを調整したり、意見をもらったりしました。

──Shunさんとみさきさんのおふたりは、楽曲に歌を乗せる際にどのようにイメージを膨らませたのでしょう。収録時のエピソードはありますか?

Shun:歌い方に関しては、最初に青羽さんの仮歌をもらうんですね。歌詞を書いた本人が、どういう歌い方が一番ハマるのか、実際に歌ったものを音声ファイルでいただいて。それを聴いて、自分でも重ねて歌ってみて、「ここはちょっと歌いにくいな」というところがあったら、調整をお願いしました。録音はリモートだったので、こちらで完全に自由に録らせてもらっています。特に指示があるわけでもなく、トラックに合わせて自由に歌いました。

青羽:仮歌を作るのが本当に大変でしたね。自分の歌唱力に絶望しました(笑)。「このメロディにこうやって歌詞を乗せてほしい」と伝えるには仮歌を作るしかないんですが……。「歌手ってすごいな」としみじみ感じました。

真下:私も同感です。静かな部屋で、ひとりで仮歌を録音したのですが、ダメージがすごかった(笑)。「歌がうまい人ってすごい……」と思いながら、どのメロディにどの歌詞がハマるのかギリギリわかるくらいの歌をみさきさんに送りました。

みさき:私は小説を読まずに歌入れをするので、歌詞の意味を思い浮かべながら歌いました。情景を自分の中で描きながら、小説を読まない人でも歌詞の意味が伝わりやすいように。言葉を大事にした歌い方を、普段より意識しながら頑張ってみました。

──小説を読まずに歌ったのはなぜでしょう。

みさき:小説を読んでいない人にも、私が歌詞や曲から得たイメージを伝えたかったんです。

──Shunさんも読まずに歌ったのでしょうか。

Shun:僕はコンセプトと小説、どちらも読んでから歌いました。ただ、歌う時はどちらかというとサウンドのほうに意識があるので、そこまで小説にとらわれることはありませんでした。でも、その背景では小説と音楽がつながっている。僕にとっても新しい経験でした。

第2回に続く 第2回は7月1日公開予定です。

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