西加奈子、直木賞受賞後第一作『まく子』は「かつて子どもだった大人のほうが楽しめる、びっくりできる小説」

新刊著者インタビュー

2016/3/5

 エンターテインメント小説の最高賞といえる直木賞を『サラバ!』で受賞してから1年と少し。西加奈子から待望の受賞後第一作が届けられた。書き下ろし長編小説『まく子』(装画&挿画も作家の自筆)。コンビニが1軒しかないひなびた温泉街で、11歳の男の子が不思議な転入生の女の子と出会う──。版元は、絵本など児童向けの出版物で知られる福音館書店だ。

西 加奈子

にし・かなこ●1977年、テヘラン生まれ、カイロ・大阪育ち。2004年『あおい』でデビュー。07年『通天閣』で織田作之助賞、13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞、15年『サラバ!』で第152回直木賞を受賞。子どもを主人公にした著作に、実写映画化された『円卓』のほか、『きりこについて』『魚港の肉子ちゃん』などがある。
 

「友達のお子さんが小学校6年生でめっちゃ面白い子で。勉強したくなくて、すぐ“エレガンスタ~イム”って言って、踊って逃げるらしくて(笑)。このまんま、バカなまんまでいてほしい、成長してほしくないっていう勝手な願望があって。福音館さんから出す本だし、その年代の男の子に読んでもらえるものを書きたいなって、最初は思っていました」

 もともとは『サラバ!』の前に書き出していた作品だったそう。その頃はもっとジュブナイル(少年少女小説)を意識していたという。その後『サラバ!』を完成させるために一旦休止。そして直木賞受賞。フィーバーに突入し、しばらく筆を執ることができなかった。

「空っぽになりました。自分の中の泉が溜まるまで、締め切りを待ってもらったんです。そこからもう一度書くぞ!ってなった時、男の子に向けて書こうとするのはやめにしました。小説の中に“人は死ぬために成長している”って書いたんですが、体が変わっていくことの怖さって、子供たちだけじゃなくて、私自身も感じている。子どもも大人も同じやん! そういう自分の気持ちを、正直に素直に書いていこうと決めたんです。周りから“直木賞受賞後第一作はどんなものになるんですか?”ってよく訊かれたし、腕まくりしたようなものを書いたほうがいいかなと思ったこともありましたが、最終的には今まで通りめっちゃストレートな書き方になりましたね」

 その書き方とは「小説を通して自分と向き合う」。先の展開ははっきり決めず、一行書いては立ち止まり、次の一行を書いていく。その過程で、自分の中にじっと潜んでいた大切なもの、書かなければ出合えなかった言葉や価値観に驚く─。子どもでも読めるような、平易な言葉で綴られているが、物語の深度はとびきりだ。

「かつて子どもだった大人のほうが楽しめる、びっくりできる小説になったと思います」
 

体の変化が怖いのは男の子も女の子と同じ

『まく子』──このタイトルの意味はそもそも何? その疑問を解くためのヒントから、この物語は始まる。

〈まくことが好きなのは、男だけだと思っていた。/1位になったF1レーサー、優勝した野球チーム、土俵入りするお相撲さん、いつだって何かをまいているのは、男だ。〉

 小学5年生の慧もそんな「男」のひとりだ。でも、自分が「男」であること、「男」だと周囲から見られることをいやだと感じている。男子は馬鹿だから。かといって、女子もいやだ。「せいきょういく」を受けたばかりの慧にとって女子は「どんどん得体のしれない何かになってゆく化け物みたい」に思えた。コズエという名の転入生がやって来たのはそんな時だった。

〈コズエは、まくのが好きだった。大好きだった。〉

 コズエの母は、慧の両親が営む旅館で働いている。慧の家の隣にある従業員用の寮がコズエの家だ。美少女で、背が高くて、目がとても綺麗。でも、何をするにも不思議そうな顔をするコズエのことが、慧は気になる。始まりは、お決まりのボーイ・ミーツ・ガールだ。

「女の子の体の変化っていろいろ書かれているけど、男の子も体が変わるのって怖いだろうなと思ったんです。自分の体の変化に戸惑っている、怖がっている慧君に寄り添って書いていこうと最初に決めました。普段の生活で思ったり感じていることって、言葉になっていなかったりする。それを文章化するっていうのは、小説家の傲慢なところでもあるけど、小説だからできることでもある。“慧くんが思ってることを全部書こう”って」

 コズエに関しては「まき散らす子というイメージがぱっと思い浮かんだ」という。

「自分の話をすると、小5の頃が人生で一番ショックを受けた時期でした。4年生いっぱいまでエジプトに住んでいたんですが、あっちの学校って人数が少なくて、学年問わず仲が良かったし、ストレスを感じるようなことがなかった。でも、日本に帰ってきたら、授業中は誰も手を挙げないし、マラソン大会は手をつないで走るし、女の子は給食をおかわりしない。カルチャーショックがあったし、友達の体の変化も怖かった。しばらくしたら慣れてきたというか空気を読むことができるようになったけど、もっと自由で良かったんちゃうかなって思いが今でもあります。後悔はしていないけれど“別のやり方があったんじゃないか?”……それをコズエちゃんに託しています」

 小学校の全校生徒は50人。5年生12人の中で、「中の下クラス」だと感じている慧は「透明人間」に憧れる。大人の体へと少しずつ変わっていく自分のことを見てほしくないと願い、恥ずかしがっている。そんな思いを抱くなか、自由人のコズエとは集落の一番高い場所にある常磐城跡の石垣でこっそり話をするようになって。宇宙のこと、永遠のこと、人間は粒でできていること……。少女の言葉に、少年は魅了される。

「二人の会話の中には、自分が普段考えてることが一気に出たなぁと思います。死にたくないってこととか、どうしてイジメをしてはいけないのか、どうして人を傷つけちゃいけないのか、とか。吉本新喜劇のチャーリー浜さんのギャグで“君たちがいて、ァ僕がいる”ってありますよね。アホみたいな言葉だと思われてるけど、めっちゃいい言葉なんですよ。例えばIS(イスラム国)って、人と交わる勇気がない人たちの集まりだと思うんです。そうじゃなくって、“君たちがいて、ァ僕がいる”。その言葉にいかに説得力を持たせられるかが、今回の話でやってみたいことのひとつでした」

 大人になってしまったら、「大人になりたくない」と思っていた頃の気持ちは忘れてしまうもの。でも、西加奈子は忘れていない。いや、小説を書くことで思い出し、追体験しているのだ。

「私自身が子どもに戻りたいんです。大人になった自分の頭があまりに凝り固まっていて、“大人だからこう”とか“独身だからこう”“既婚者だからこう”というふうに、いろいろな偏見を持っちゃっている。そうした偏見を、子どもに戻ることで吹っ飛ばしたい。大事なことって、ちっちゃい頃に実は全部教わってるなぁと思うんです。“嘘ついたらあかん”とか“人がいやがることをしたらあかん”とか。子どもを主人公にした小説を書くことで、そこからもう一回、やり直したい。そんな気持ちがあるんです」