ノムさん語り尽くす! 裏話だらけの本当のプロ野球史【野村克也氏インタビュー】

スポーツ

公開日:2017/10/26

写真:藤岡雅樹

『私のプロ野球80年史』(野村克也/小学館)

 著書はこれまで100冊をゆうに超えるという。野球を知らない人も知る「ノムさん」こと野村克也氏である。野村氏ほど、多くを語れる野球人はまずいない。これまで選手として、監督として、常に新しいことを模索し、唯一無二の実績を残してきた。「私の人生は、日本プロ野球の歴史にほぼ重なる」という同氏が、「見て、聞いて、体験して」きたことを綴った『私のプロ野球80年史』(小学館)が出版された。御年82にして、なおもメディアに引っ張りだこの野村氏に、話を伺った。

プロ意識=恥意識。野球のことは語れるのが当たり前

「なんでこんな仕事多いの?」

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 開口一番、お馴染みのボヤキが飛び出した。いかに野村氏がすごいかということに他ならないのだが、ボヤキは止まらない。

「こんなオレにすごいよね。でもオレがすごいんじゃないよ。野球界がバカばっかりだからだね。『プロ意識=恥意識』。野球のことを聞かれて答えられないんじゃ恥ずかしい。そういう思いがあってやってきたよ」

 一刀両断のボヤキ節ながら、「まあ周りの連中が引き立ててくれるから助かる」とふいに感謝の気持ちを語る。人を惹きつけるわけである。歯に衣着せず含蓄を語りつつも、自分を卑下するほどの謙虚さと感謝を忘れない。それでいて独特のユーモアが溢れているのだ。

 そんな野村節の詰まった同書は、どこを切り取っても面白くて、ためになる。「もう何書いたか忘れちゃったよ」といきなりのカウンターパンチも頂いたが、同書のさらなる裏話も伺った。

「みんなONに騙されてる」巨人黄金期の源は…

 同書で丁寧に綴られているように、近代プロ野球の歴史をひもとくと、高度経済成長期とともに隆盛を極めていった巨人軍の存在がある。その中心にONこと、王貞治、長嶋茂雄の両スター選手がいた。そうしたなか現・天皇皇后両陛下のご成婚を機に、「ご成婚パレードを見たい」とテレビが飛躍的に全国で普及。メディアも大きく進歩を遂げた。

 スター選手の登場も相まって、それまで「職業野球」とさげすまれたプロ野球が「国民的スポーツ」に高められた。そうした時代に野村氏は目覚ましい活躍をしたものの、王、長嶋という2人のスター選手の「陰」に隠れた。だが、だからこそ野村氏は対抗心を燃やし、成長を遂げられたのだと明かす。

私は「記憶」では長嶋にまったく敵わず、「記録」でも王の後塵を拝すことになった。「人気」はいわずもがな。私はふたりの引き立て役だった。同時代に選手生活を送ったことは「つくづくついてない」と苦笑するしかない。が、彼らへの対抗心がエネルギーになったのも事実である。

写真:藤岡雅樹

 監督となってからは「野村再生工場」と評判を呼ぶほど、次々と選手の能力を発掘して伸ばすなど、比類ない手腕を発揮した。そんな野村監督の目標は、V9(9年連続優勝)時代に巨人を率いた川上哲治監督だったという。黄金期の巨人は豊かな戦力だったが、選手たちが自主的に考えたり、地味なプレーも評価したり、人としてのあり方を厳しく問うたり、と監督がさまざまな「エキス」を注入した結果、常勝軍団になったと説く。常に勝つことがどれだけ難しいか。

「野球は意外性のスポーツと言われる。予想で難しいのは、経済の予想、天気予報、野球の予想、ってよく言われた。今、天気予報はよく当たるね。経済はよく知らないけど、相変わらず野球の予想は、生身の人間の世界だからなかなか当たらない」

 野球にある「流れ」。この勝負を決する勢いの源は、何なのかと尋ねると、「やっぱり主役はピッチャーだよ。V9の時でもONが目立ったから、攻撃力で勝ったようにみえるけど、すごいピッチャーが揃ってたもん。20勝投手が4~5人揃ってたからね。守り。やっぱり守って勝つのが基本」

「人間だからラクをして勝ちたいって本能がある。10対0で勝ちたい。1対0で勝つのは辛い。でも苦しい時に、1対0で勝てるというチームを作らないと」

「オレは4球団で監督やったけど、共通点はぜんぶ最下位だったってこと。まあ、貧乏性苦労性だよ。いっぺん誰が見ても優勝っていうチームを指揮してみたいもんだ」と再びボヤキが炸裂した。

写真:藤岡雅樹

イチロー攻略の裏話の裏話

 イチローという大スターについても綴られている。同書で明かされているのは、野村氏のヤクルト監督時代のこと。1995年、オリックスと日本シリーズを戦うことになったが、当時イチローがオリックスで活躍していた。勝負の最大のカギは、イチローを封じること。だが弱点が見つからない。そこでメディアを利用したというエピソードがある。

シリーズ前、記者たちに対して私は言い続けた。
「イチローの弱点はインハイだ。インハイを攻める」
インコースを攻めてくると意識させるためである。そうすれば、バッティングに大切な右肩のカベを崩すことができると考えたのだ。

 この時のやり取りを教えてくれた。

「スコアラーも交えたミーティングで、イチロー攻略って話になった。そしたら『わかりません』って言うんだよ。『ある程度、打たれるのは覚悟してやってくれ』と。それじゃあ、負けろってことか、オレの立場はどうなるんだって。どんな人間だって、弱点や欠点があるはずだ。もっかい行ってみんなで探してこいって言ったんだよ。そしたら、『わかりました』ってもっかい行って、帰ってきた。で、『わかりません』って言ったんだよ」

 話し口調は、リズムも間もよく、その場にいた野村氏のマネージャーも含めて爆笑。おそらく前も聞いたであろう話も、何度でも楽しくためになって面白いのだ。

「(インハイって言ったのは)どうせ打たれるなら、外角の逃げの配球で打たれるより、攻めの配球で打たれるほうが同じ打たれるのでも気分がいいから」という理由もあったという。さまざまな意図があったが、結果は奏功した。「弱点のない」はずのイチローをシリーズ1戦目と2戦目でほぼ完ぺきに封じ込め、ヤクルトを見事日本一に導いたのだ。

「絶対にイチロー攻略って聞かれるから、この時とばかりに反対のことばっかり言ってやった。イチロー攻略なんて、マスコミを利用せなしゃーない」

 インタビュールームで再び爆笑をさらった野村氏。赤裸々すぎる話だが、同書にはもっと過激(?)なエピソードがたっぷり詰まっている。野村氏のファン、野球好きはもちろん、プロ野球の歴史や驚きの裏話を知りたい人にもオススメの必読書だ。

取材・文=松山ようこ