図書館が文庫本まで貸し出しすると、出すべき本を出せなくなるかもしれません【文藝春秋 松井清人社長インタビュー前編】

文芸・カルチャー

2017/10/27

 文庫の販売部数減少傾向が続くなか、10月13日に開催された全国図書館大会で、文藝春秋の松井清人社長が文庫本の図書館貸出し中止をお願いした。文庫本の貸し出し増加が市場縮小の一因だという意見に、図書館側は「因果関係を示すデータはない」と反論しているが、出版社の経営が厳しくなれば、当然、図書館にも影響が及ぶことになるわけで……。松井社長の真意がどこまで関係者に伝わっているのか疑問に思ったダ・ヴィンチニュースは、さっそくご本人に話を伺った。

———全国図書館大会で松井社長が発言した、文庫本の図書館貸出し中止要請が、事前資料から大会前日に朝日新聞に掲載されてしまいました。“文庫本「図書館貸し出し中止を」 文芸春秋社長が要請へ”という見出しだけが一人歩きして、松井社長の真意が関係者に伝わっていないのでは? と感じる部分もあるのですが。

松井清人社長(以下、松井) 図書館大会というのは全国の図書館で働いている人たちが集まる大会で、そこに出版社の代表者が参加して話をすることは最近までなかったんです。ところが2年前に、新潮社社長の佐藤隆信さんたちが参加して、図書館の選書についてもう少し考慮してほしいという話をしたわけです。佐藤さんは、ベストセラーを何冊も貸し出す複本について見直してほしいという趣旨の発言をしました。

 そして今年また出版社側の話をということで、日本書籍出版協会図書会委員会委員長でみすず書房相談役の持谷寿夫さんが座長を務め、慶應義塾大学の根本彰先生と岩波書店社長の岡本厚さんと私がパネリストとして参加したわけです。ですからあの発言は、出版界の総意でも共通見解でもなく、私が文藝春秋の社長として今考えていることを述べたまでなんですね。文庫本の貸出をやめてほしいとお願いしたのは、文芸系の出版社にとって文庫本の売上げが屋台骨になっているからです。雑誌に掲載した作品を単行本にするまでには、膨大な労力と時間とコストがかかるわけですが、それを文庫本による利益で回収することで経営が成り立っているんですね。

■『火花』のような大ベストセラーは10年に1冊でればいいほう

 そのことを、かなり正直に具体的な数字をあげて説明しました。営業には怒られましたけど、あえて伝えていかないと図書館の方たちは知らないことが多いだろうと思ったんです。例えば、又吉直樹さんの『火花』のような大ベストセラーが出ると、それだけで赤字を回収できることもありますが、そういう本は10年に一冊出ればいいほうです。つまり、文芸系出版社の経営は決して余裕があるわけではないことを知ってほしかったので、文庫本の貸し出し中止のお願いを、批判も覚悟のうえでしたわけです。

———実際に会場で話をしたあとの、図書館員さんたちの反響はいかがでしたか。

松井 出版社にはそういう事情があったんですねと素直に受けとめていただいたように思います。私が話をした会場は120人ほどしか入れなくてあっという間に満席になったので、本当はもっと多くの人に聞いていただきたかったんですが、話を聞いてくださった方には一定の理解をいただいたと思います。

■文庫本の貸し出しは明らかに加速

———図書館の文庫本貸し出し数はどのくらい増えているんでしょうか。

松井 全国の図書館の文庫貸し出し数を把握できるデータはないんですね。ただ、新潮社の方が丁寧に調べてくれたデータがありまして、大都市の特に駅近くの図書館は文庫本の貸出比率が急速に高まっているんです。たとえば、荒川区の図書館が公表した平成27年度のデータによると、一般書の蔵書数が527,219冊でこのうち文庫が94,503冊、つまり蔵書数の比率は18%近くが文庫です。しかし、貸し出されている比率は25.6%で、4冊のうち1冊は文庫本を貸し出している状況です。板橋区の場合は、27年度、1,103,341冊ある蔵書のうち文庫が165,117冊、比率にすると約15%ですが、貸出数比率は21.7%なんですね。これは新書も含むデータです。豊島区は、561,147冊の蔵書のうち文庫が71,161冊。比率は12.7%で貸出数の比率は23.6%まで上がっています。これも新書を含みますが、こういう傾向が大都市の駅近くの図書館ではっきりと出ています。

 地方の図書館でも、たとえば新潟の市立図書館の公式サイトを見ると、“利用者の方々からご要望の多かった文庫本コーナーを新設しました。文庫は現在550冊ですが、今後もどんどん増える予定です”と書かれているんですね。市川市の市立図書館も、“すべての新刊発行部数の約35%を占める文庫本。市川市の図書館でも文庫本コーナーを設けています”と書いています。このように図書館が文庫本の蔵書を増やし、文庫コーナーをつくるなどして、貸し出しを積極的にアピールする姿勢が明らかに加速しているので、ここで一定の歯止めをかけておかないと、出版社だけでなく作家、そして書店や図書館にとってもよくない状況に陥るという危機感があるのです。

■『週刊文春』より上回る文庫本の収益

———文庫本の貸し出しが増えて出版社の経営が厳しくなると、新しい本をつくり出すことも難しくなり、結果的に書店に並ぶ本が減って図書館の蔵書にも影響がおよぶということですね。

松井 そういうことですね。文芸系の出版社には、雑誌や単行本が売れなくても文庫が売れることで収支のバランスをなんとか維持しているという事情があるんです。雑誌はうちでいえば純文学の『文学界』、エンターテイメント系は『オール読物』ですが、どちらも年間で億を超える赤字を出しているんですね。それでも出し続けているのは、そういう文芸誌で公募している文学賞などで作家を発掘して育てていかなければならないからです。そこで掲載した作品の中から、だいたい毎月20冊近くの単行本を出してますが、そのうち黒字になるのは2割から3割なんですよ。こういうこと話すとまた営業から叱られるんですが(笑)、それでもあえて出版するのは、文芸出版社としての矜持です。

 たとえ初版4,000部、5,000部の本でも、良書だと思う作品は赤字覚悟で出しているわけです。それができるのは、文庫の収益があるからなんですね。文藝春秋の場合、文庫本の収益は全体の30%強です。この数字はもちろんトップで、文春砲で世間をお騒がせしている『週刊文春』より大きい。それほど文芸出版社にとって文庫本が命綱であることを、図書館の方たちにも知ってほしいのです。

 今年、新潮社から出た松浦寿輝さんの『名誉と恍惚』は5,000円で、さすが新潮社だと思いました。読者はそう多くはないかもしれないけれど絶対に出さなければいけない作品で、価格も中途半端にせず美術品のような豪華な装丁であの値段にしたと思うんです。あれこそが文芸出版社の役割で、しかもその作品が谷崎潤一郎賞を受賞しましたからね。そういう作品を作り、後世まで残していくためにも、せめて文庫本は買って読むものだというマインドを図書館の利用者にも図書館の方にも持っていただきたいのです。

後編に続く

取材・文=樺山美夏