出版社と書店と図書館の共存のために、「文庫本は買うもの」というマインドを【文藝春秋 松井清人社長インタビュー後編】

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更新日:2018/1/25

———デジタル社会が情報をなんでも無料で提供していることも、文庫本の貸し出しを加速させている要因のひとつかもしれません。

松井清人社長(以下、松井)それも本を買わなくなった人が増えたひとつの原因だと思います。雑誌も漫画も書籍も、無料で読めるコンテンツが増えている中、せめて文庫本ぐらいは買ってもらわないと、本当に本を買う習慣がなくなっていきますから、そこのマインドを変えたいんですよね。

 私自身も、本を読む楽しみは子どもの頃に母に連れていってもらった図書館で知りました。読む楽しさを覚えたのは間違いなく図書館なんです。でもそれは小学校低学年ぐらいまでで、小学校高学年から中学にかけては別の興味が出てきましてね。スポーツに打ち込んだり好きな女の子ができたりして、しばらく図書館から遠ざかっていました。

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 でも、図書館で読書の面白さを体験しているので、中学2年のときふらっと書店に入ったんです。そのときはじめて自分のこづかいで買った文庫本が、エラリー・クイーンの『Yの悲劇』でした。その2ヶ月後、また同じ本屋でウィリアム・ゴールディングの新潮文庫『蝿の王』を買いまして、それは今も自室の本棚に大切に並べています。本を買うと、そうやって自分の好きな本が1冊ずつ増えていく楽しみができます。面白い本は読み返すこともありますから。そういう読書の楽しみ方が変わってしまったように感じるのです。

 借りた本と買った本は、やはり違います。図書館ではいま一人10冊ぐらい借りられますから、家族の人数分借りたら数十冊になります。そのなかで面白くないと思った本は読みもしないと思うんですね。でも自分でじっくり選んで買った本は読みますよ。身につくものも違うでしょう。それもマインドの問題で、もし図書館が文庫本の貸し出しをやめれば、文庫本は書店で買うものというマインドが生まれるはずです。図書館の方々には、そのマインドを生み出すための協力をしてくださいとお願いをしたつもりなんですが、そこがまだ理解いただけていないように感じました。

■地元出身の作家をバックアップする図書館

———図書館大会での松井社長の発言を受けて、キングコングの西野さんが、「書籍の売り上げ減少は図書館のせいではないと考えています」と自身のブログで発言し、これを証明するため自著を全国の図書館5500館に寄贈すると発表しました。

松井 先日も出版業界のニュースに、キングコングの西野さんが文春の社長にケンカを売ったとか書いてあったんですけど、彼が寄贈したのは単行本で、私は文庫の話をしているので違う内容なんですよね。しかも私は、書籍の売り上げ減少は図書館のせいだなどとは言っていません。そんな甘い見方はしていない。しかし、文庫を積極的に貸し出す図書館が増えていることが、文庫市場低迷の原因などと言うつまりは毛頭ありませんが、まったく無関係ではないだろう、少なからぬ影響があるだろう、とは考えています。ただ作家によっては、図書館で自分の本をどんどん読んでもらうことが宣伝になるという方もいます。そういう作家の本はどんどん貸し出しすればいいと思うんですね。たとえば裏表紙にマークをつけてこれは貸出可、これは禁帯出と分ければいいのです。

 愛知県の安城市の図書館の話ですが、地元出身の作家・沖田円さんの単行本と文庫本の作品にすべて禁帯出のラベルを貼って陳列しているそうです。利用者から、「これは借りられないんですか?」と聞かれたら、「本屋さんで買ってあげてください」と図書館の方が言っているそうなんですね。つまり、地元出身の作家さんを図書館がバックアップしていくというスタンスでそうしているんです。それこそが図書館の理想の姿だと思いました。文庫本は禁帯出にしたうえで、そこで立ち読みできるように並べるのは問題ないと思っています。

 ただ、図書館の一番の役割は、売れるかどうか関係なく出された良書で資料として残さなければいけない本や、書店ですぐに手に入らないような専門書や高価な本を優先的に置くべきだと思うんですね。

■『日本の精神鑑定』を図書館で必死に読んだ記憶

 私自身、大学4年の頃、昭和48年にみすず書房から出た『日本の精神鑑定』という本を図書館で必死に読みました。いわゆる重大事件の犯人の精神鑑定書を分析している本で、これが当時6,000円だったんですね。45年前の大学4年生にはとても買えない値段です。高価な本ですから図書館でも禁帯出でしたので、何度も通って読みました。図書館の役割はそこが大きいと思うんですよね。

 私が出版社に入ろうと思ったのは、実はそれがきっかけだったんです。事件ものに興味がありましたから。結局、自分のお金でその本を買ったのは、『週刊文春』のデスクになってからでした。本好きの人なら、誰でも図書館で似たような経験をしていると思うので、利用者も単行本ですでに出ている文庫本まで図書館で借りるのは、感覚としてちょっと違和感があるんじゃないかなと思っています。

 ただ最近は、文庫書き下ろしの作品も増えていて、それも文庫貸し出しが増えている理由のひとつだと思うので、その扱いをどうするか考える必要はあるでしょうね。

———図書館の文庫貸出禁止要請は、出版社と書店と図書館の共存のためだということを、もっと多くの関係者に理解してもらいたいという松井社長のお考えがよくわかりました。

松井 朝日新聞を読んだ友人からは「お前、いつからそんなセコい社長になったんだ」って言われました(笑)。でも何度も繰り返し言いますけれども、図書館での貸出急増が文庫市場低迷の一因であるとしたら、出版社にとっても作家にとっても命取りになりかねない重大事なのです。ですから本と図書館を愛する全国の皆様、どうか文庫本は自分で買って読んでください! お願いします。

取材・文=樺山美夏

【前編】図書館が文庫本まで貸し出しすると、出すべき本を出せなくなるかもしれません