“うんこ”が秘める文学性、そして知られざる「ボツうんこ例文」とは?『うんこ漢字ドリル』古屋雄作インタビュー

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更新日:2017/12/26

小学校で習う漢字1006字を、各字3例ずつ、合計3018個―― すべての例文に「うんこ」を絡めた『うんこ漢字ドリル』。小学1年~小学6年生の全6冊が今春刊行され、累計277万部突破の大ヒットとなった。
この本には、「著者」が存在する。さぞ喜びを噛み締めているかと思いきや、本人は憤りの青い炎を燃やしていた。一体、何が……?

 

古屋雄作さん

古屋雄作
ふるや・ゆうさく●1977年、愛知県生まれ。2004年、テレビディレクター業務の合間に自主制作した映像作品『スカイフィッシュの捕まえ方』で注目される。以降、撮り下ろしのオリジナルDVDを中心に、テレビドラマ、書籍、ウェブ動画など多ジャンルで活動。主な作品に『人の怒らせ方』シリーズ、連続ドラマ『マグマイザー』など。

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〝うんこ〟だけが秘めることを許された文学性があるわけです。

―― 2017年、出版業界最大のヒット作ともいえる『うんこ漢字ドリル』。そこに収録されている3千以上の例文をたった一人で考案された著者の古屋雄作先生にお話を伺いたいと思います。

古屋 はじめまして、古屋雄作と申します。

―― 早速ですが、本作が生まれた経緯についてお聞かせいただけますか。

古屋 ぼくは元々「うんこ川柳」というオリジナルの定型詩を大量に作っていて、旧友でもある文響社社長の山本氏と「うんこ川柳」書籍化をプロジェクトとしてスタートさせました。山本氏の提案で「漢字ドリル」という形式に辿り着きました。

―― 「うんこ」と「漢字ドリル」一見すると、全く結びつきのない両者に思えますが。

古屋 漢字の教材や学習参考書などを研究している時に「全例文うんこしばり」というコンセプトを思いついて、これなら行けると。うんこ川柳が進化していると思えました。

―― そこに手応えを感じたわけですね。

古屋 〝うんこ〟という言葉には、何千という繰り返しに耐えうる強度があるんです。むしろ反復するほど一種のトランス状態に突入する。音楽でいう「ミニマル・ミュージック」に近いものがあると言えるのではと。

―― つまり、反復による〝うんこ〟の脱構築が生じた、と。

古屋 はい。繰り返しと共に、本物の〝うんこ〟という物体が徐々にリアリティを失って概念化していくというか。そして反復が生み出すある種の中毒性が、「繰り返し書く」「書かないと覚えない」という漢字ドリルと色々な意味で親和性が高かったのだと思っています。

―― たとえば、それは「うんち」ではダメだったのでしょうか。

古屋 話になりません。言葉のオーラが違う。弱々しく、頼りない。軟便という限定的な印象も与えてしまいます。

―― カタカナで「ウンコ」も?

古屋 ありえません。〝うんこ〟という言葉のみが持つ魔法がある。〝うんこ〟だけが秘めることを許された文学性があるわけです(笑)

―― 文学性というと、例文の中には大河小説の幕開けのような作品もあります。世界観の連続性を感じさせるものも。

古屋 一年生から六年生まで、6年間かけこのドリルに取り組むわけですから、ひとつの長い読み物としても鑑賞に堪えるよう書き上げました。『ダ・ヴィンチ』読者の皆さんにも是非、学年順に通読していただけたら嬉しいです。小学六年の最後の一文字に辿り着いた時には、成長のほろ苦さというか、通過儀礼のような体験をしていただけるかなと。

―― そんな、古屋先生渾身の例文たちですが、完成にいたるまでには数多の「ボツ」もあったのだとか。

古屋 長く険しい道のりでした。本書の制作に当たっては、教育書籍専門の編集プロダクション・株式会社あいげん社さんの助言を得たのですが、彼らとの闘いは本書執筆における最大の山場の一つでした。

―― うんこ例文に容赦のない赤字やボツを食らわされたと。

古屋 僕は2年の歳月を費し命を削って「うんこ例文」を生みました。それに対する手厳しいボツにはやはり、まだ異存を示したいものもあります。

―― はい、そこで今回は、古屋さんがどうしても納得のいかなかったボツについて先方に書面にて異議申し立てを行っていただき、あいげん社さんにその返答を頂いてまいりました。本書制作時に実際に入れられた「ボツ理由」から遡って、往復書簡形式でご紹介いたします。
 

■ボツ例文その1 「歩」
例文1

あいげん社  トラウマになります。変更をお願いします

古屋 おじさんがしていることは危険行為であり、絶対にしてはならないことです。その結果、車にはねられた。危ないことをすると自身を傷つけることになるという絶対的真理を表現した例文であり、車にはねさせざるをえませんでした。

あいげん社 自殺行為をしている男より、たまたま通った車の運転手が気の毒です。

古屋 ……確かに。
 

■ボツ例文その2 「憲」
例文2

あいげん社  こうした意味で『官憲』を覚えてほしくはないです

古屋 生きていれば一度くらいこんな気持ちになることもあるのではないでしょうか。

あいげん社  前途ある小学生に対し、やけになった男の叫び声がわかるでしょうか。

古屋 ……まぁ、確かに。
 

■ボツ例文その3 「脳」
例文3

あいげん社 主人公の行動として、脳天というのはやりすぎだと思います

古屋 これは主人公が、迷惑行為を行う敵に成敗を加えるという場面です。『やりすぎ』というご指摘ですが、顔面や腹部等にうんこを叩きつけるよりは、頑丈な頭蓋骨に守られている頭部へ柔らかいうんこを叩きつける方が寧ろ安全である可能性が高いとは言えないでしょうか。

あいげん社  敵とはいえ、相手の心を傷つける可能性もあります。

古屋 ……確かに。
 

■ボツ例文その4 「授」
例文4

あいげん社 教師の奇行は先生不信にもつながるので、掲載したくないです

古屋 学校での授業中にうんこがしたくなるのは生理現象でありたとえ先生であろうとも無慈悲に平等に起こりうる自然の摂理であると考えます。わたくしは誰もが自由に臆することなくうんこに行ける世界になって欲しいという願いもこのドリルに込めておりますので、『うんこに行く』という行動が奇行であるという指摘には同意いたしかねます。

あいげん社  叫ばなくてもよいのではないでしょうか。

古屋 確かに。
 

■ボツ例文その5 「警」
例文5

あいげん社 警察官の語り口に差別意識があるように感じます

古屋 わたくしがこの文章によって表現したかったことは『どんな立派な人物でもうんこをもらすことがある』という真実であり、差別意識などは毛頭ございません。大人でも、ましてや警官ですらも、うんこをもらすことがある。そのことを知った小学生はむしろ勇気や心の安寧を得ることすら出来るのではないでしょうか。ですから警察官だからうんこをもらさないなどという偽装はこの際したくありません。

あいげん社  宣言しなくてもよいのではないでしょうか。

古屋 ……はい、確かにおっしゃるとおりです。
 

―― さて、気を取り直して。最後に、古屋先生にとって〝うんこ〟とはなんでしょうか?

古屋 「童心の象徴」という答えがしっくりきます。あるいは「笑いの最小単位」。たった3文字ですが笑いのバリエーションも無限に作れる、シンプルゆえに最強の言葉かと。

取材・文:吉田大助 写真:川口宗道