累計40万部突破の大人気シリーズ『コンビニたそがれ堂 猫たちの星座』最新刊は“猫特集”! 猫との別れ、そして出会い―― 村山早紀インタビュー(後編)

文芸・カルチャー

2019/3/3

 やさしい狐の神様と化け猫の看板娘が働く、「たそがれ堂」は、本当にほしいものがある人だけが辿りつける、この世で売っているすべてのもの、そしてこの世には売っていないはずのものまで何でも揃っている不思議なお店。そこでは大切な探しものが必ず見つかる――。

「コンビニたそがれ堂」シリーズは村山早紀さんが10年以上書き続けている、息の長いシリーズ。「一番、自然に、普通に書ける話ですね」と語るところには、ある秘密も――。

 最新刊『コンビニたそがれ堂 猫たちの星座』では各話に猫が登場。長きにわたって、猫ともに暮らしている村山さんは、その愛しき存在をどのように物語へと昇華させていくのか。“猫と物語の関係”についてもお話を伺った。

【前編】はこちら

■どこかファンタジックで時間軸の違う、猫という存在から受け取る感覚

――周太郎さんはノラさん、ユリエさんはおはぎさん。主人公たちはともに猫と暮らしています。ユリエさんの言葉に、拾ったときは子猫だったのに、あっという間に大きくなって、先に年をとってしまう、と。“猫と人との時間”についての想いが印象的でした。

 猫って、どんどん年をとる。心臓の鼓動の速度が速いんですね。そんなに生き急がなくていいよというくらいに。その鼓動の音を聞き、出てくる感情は駆け足で生きていく小さき生き物への愛しさ。どんなに手を伸ばしても、何とかしてあげたいと思っても、先に生きて、死んでいってしまう。ともに暮らしているのに、生きる速度に違いがあるという切なさ。それと猫は子どものまま生きて、子どものまま年老いて死んでいくようなところがあって。どこかファンタジックで時間軸が違う存在、という私自身の猫への感覚が物語には影響を及ぼしていると思います。でも擬人化はしていないつもりなんですよね。

――村山さんの描かれる猫は、物語のなかで言葉を語りはしても、現実の猫とつながっていますね。

 言語化はしないけれど、これくらいのことは考えているよね、ということを書いている感じですね。動物を描くとき、私のベースになっているのが、子どもの頃、大好きだった椋鳩十やシートンの動物童話集。メルヘンチックな美化はしていない、そこまで擬人化もしていない、けれど動物はこういうことを考えていて魂がある、という、その書き方を。装画を描いてくださっている、画家のこよりさんも、椋鳩十の作品が好きだとおっしゃっていて。その共通項からも、たそがれ堂の物語世界を愛し、理解してくださって、毎回、素適な絵を描いてくださるんだと思います。

――2つの物語を経て、本作はラストに再び、千春とねここの話へと戻っていきます。そこで千春が見ること、気付くことは、「コンビニたそがれ堂」シリーズに冠されている“やさしい別れの物語”という言葉へのひとつの答えのような気がします。

 千春が気付くことはひとつの救いなのだと思います。人生って、出会いと別れの繰り返しじゃないですか。子どもの頃は、“あぁ、もう二度と会えないんだ”って、別れの方が比重が大きい。若い時期も多分、そういう実感が多いけれど、だんだん年をとり、彼岸が近づいてくると、別れより、出会えたことの幸せの方がより強く感じるようになる。それを、この巻では書きたかったのかなぁ。千春は猫なので、彼女が経験したことは飼い主にも誰にも知られないんですよね。猫だから言えないんです。そして、そのことの淋しさと幸せを心に持ちながら生きてやがて一足先に死んでいくんです。千春は、多分、猫としてはそんなに長生きしなかったと思うけれど、それでもその人生には、たくさんの秘密と幸せが詰まっていたと思います。

■“生涯に一度はこういうことがあるかもしれない”と思える。このシリーズには、そんな物語を書いています

――『百貨の魔法』『桜風堂ものがたり』と、風早の街を舞台にした物語を数多描かれていらっしゃいますが、このシリーズは村山さんにとって、どんな存在ですか。

 一番、自然に、普通に書ける話ですね。地の文も、語り口調なので、そんなに構えずに書ける。このシリーズ、実は昔の児童書の翻訳の語り口調から来ているんですよ。昭和の時代、翻訳の子ども向けの本って、こんな感じだったでしょう? 読者の子どもたちに語りかけるような。

――だから、すごく懐かしい感じがするんですね!

 そうなんです。今の児童書にはもう見ることのできない語り口。私自身、日本のものも読んでいたけど、海外の児童文学はかなり読んでいたので、自分の根っこにすごく残っている言葉なんです。だからすごく自然に書ける。そして、このシリーズには、庶民の昭和生活史を重ねたところもあって。私、もともと庶民の昭和史が好きなんです、太平洋戦争以前から戦中戦後にかけての。記録を残すような意味で街の移り変わりなども、意識的に織り交ぜているところがあるんです。シリーズが長く続いていることによって、そのなかでの時の流れも組み込んで書いているし、そこには必然的に、社会派的な視点も微妙に入ってきていますね。

――そのなかで、ファンタジーの匙加減というものはどのように考えているのですか?

 私のなかでは、このシリーズに書いている話はそんなにつくりものという感じはしなくて。“この世のどこかでこういうことが起きているかも”みたいな、現実と地続きの、生涯に一度はこういうことがあるかもしれないみたいな話を書いています。

――たそがれ堂ファンの人々の間で、「猫たちの星座」は今、特別な感情を呼んでいますね。

 この本は、わりと私小説みたいな味わいが強いので、書きあがって世に出るまでは、完成度という点で、実は自分では全然わからなかったんです。かなりつらい状態のなか、ぎりぎりのところで書いて成立したお話なので。それを読者の方々がちゃんと受け止めてくださって、面白いと言ってくれたことにほっとしましたし、“あ、これで良かったんだ”と。書けてよかった、と心から思える一冊になりました。私、浅田次郎さんの作品が大好きなんです。長編やエッセイも好きですが、『ぽっぽや』など初期の短編も良くて。抒情的な、普通の人の生き死に、誰も知らない人の人生を寿ぐような話が好きなんです。そういう意味では、この一冊もそうなんです。誰も知らないけど、すごく優しい人とか、誰も知らないけど、世のために頑張ってきたヒーローの話。そういう人にある日、ふと幸せがやってくる。そういう話です。

――シリーズ作としての第8弾を楽しむための、作者からのヒントのようなものがありましたら、教えてください。

 今回、お店の留守番をしている、ねここという化け猫の女の子なんですが、彼女が初めて登場してくるのが2巻なんです。8巻から、たまたま手に取ってくださった方で、“この子はいったい、どんな子なの?”と思われたら、2巻をどうぞ、とお伝えしたいですね。このシリーズのなかで、ひとりの活字マニアとしての私が好きなのもやはり2巻なんです。怪奇小説というか、小説として非常に良く成立していると思います。併せて読んでいただくと、さらに最新刊での物語世界を楽しんでいただけるのではないでしょうか。

取材・文=河村道子 撮影=内海裕之

村山早紀
むらやま・さき●1963年、長崎県生まれ。『ちいさいえりちゃん』で毎日童話新人賞最優秀賞、第4回椋鳩十児童文学賞を受賞。著作に、風早の街を舞台にした『桜風堂ものがたり』(2017年本屋大賞ノミネート)、『百貨の魔法』(2018年本屋大賞ノミネート)、『カフェかもめ亭』『海馬亭通信』、このほど愛蔵版が刊行された『シェーラ姫の冒険』など多数。