上白石萌音が語った『クジラアタマの王様』の魅力――「理不尽なことが起きても自分の正義をつらぬこうと頑張る人に勇気がもらえる」

小説・エッセイ

2019/8/9

上白石萌音さん

『アイネクライネナハトムジーク』を読んで以来、伊坂幸太郎作品にハマり、読み漁っているという上白石萌音さん。装丁買いすることの多かった読書で、“作家読み”のおもしろさを教えてくれたのも伊坂さんだ。

「伊坂さんの思考回路って、鳥の巣みたいになっているんじゃないかな、と読んでいると思います。些細な日常の風景やアイテムをきっかけに、どうしてそんな発想に至るんだろう、と毎回驚かされる。でも決して奇想天外というわけではなく、全部納得させられてしまうのがまたすごいんです。『クジラアタマの王様』では、主人公の岸さんたちが過去に泊まったホテルで火事にまきこまれるんですが、『サイコロを、まさかそんな……!?』っていう方法で救出される。サイコロは誰でも知ってるけど、誰もそんな使い方はしない。でもだからといって『ありえないよ!』ともならない。……何の話をしているかわからないですよね? 気になったら、ぜひ読んでください。きっと皆さん、びっくりして夢中になりますから(笑)」

 と、溢れんばかりの笑顔で、作品の魅力を語りだす。その表情は、新進気鋭の女優というより、伊坂作品が大好きでたまらない一人の読書好きの女性だ。

「伊坂さんのエッセイも好きなんですけど、伊坂さんってあんなにベストセラー、ロングセラー連発している大作家さんなのに、自分がすごい人だって自覚されていないみたいなんです。『僕みたいな者が』とか、『有名人に会ってしまった!』なんて書いてあるのを読むと『伊坂さんも有名人なのに!』って思います。でも、そういう“普通”の感覚をすごく大事にしてらっしゃるから、こういう作品を書かれるんだなと妙に納得しました。『クジラアタマ~』の岸さんもそうで、内に秘めてる自分のパワーに全然気づいていない。それが、共通の夢を見る仲間と出会って、彼らと現実でも夢でも戦っているうちに火事場の馬鹿力みたいに秘めていたものが目覚めていく。ラストに向けての伏線回収と畳みかけるような展開には、『いけいけー!』と、大興奮しました」

 伏線回収。それが伊坂幸太郎作品の大きな魅力であり、上白石さんが“作家読み”するほどハマった理由でもある。

「『アイネクライネ~』は読み終わってすぐに2周目に入りましたし、『クジラアタマ~』はまだ1度ですが、今後何度も読むと思います。伊坂さんの作品は難しい言葉を使わないから、中高生も辞書を引かずに読めると思うんですが、そのぶん何気ないシーンをスルッと読み過ごしてしまう。でもそこにこそ、大事なカギが隠されていて、のちに『そうつながるか!』と驚かされることになる。『クジラアタマ~』も、いちばん平和で会社員小説みたいな第一章が実はいちばん重要で、読み返すと、この言葉にも意味があった!っていうことだらけなんです。それに気づかずに終えてしまうのは、もったいないじゃないですか。緻密に構成している伊坂さんの思惑を、できることなら全部拾っていきたいんです」

“言葉”は、本作でとりわけ重要視されるテーマである。製菓会社に勤める岸は、SNSでの炎上と、謝罪会見での部長の失態によって窮地に立たされる。切り取られた瞬間をあげつらい、誹謗中傷の言葉によって、人が追い詰められていく――その様相はまさに“今”を表している。

「伊坂さんの作品に出てくる登場人物は、みんな憎めなくて愛らしいんですが、この部長さんだけはどうしても好きになれませんでした(笑)。でも、彼には彼の生活があって、ポリシーがあっての行動なんだってことを、少しでいいから想像できるようになりたい。過熱する報道を見て『これが原因で、部長の子供がいじめられたとしても、こういう人たちは心を痛めないんですかね』って岸さんも言っていたけれど、そういう想像力を持つことが大事だな、って。私も全然他人事じゃなくて、自分の発した言葉がどこまで力を持つかわからないし、力を持ってしまったら、簡単には止められない。拡散されたら、“誤解です”って言っても聞いてもらえない。じゃあ全部に黙っているのがいいのかというと、岸さんみたいに、どうしても我慢しきれなくなったときに心の声が漏れちゃう素直さはとても大事だと思います。この炎上を通じて出会う、夢の仲間・池野内議員も、自分に愛人がたくさんいることをテレビの前で堂々と言うじゃないですか(笑)。私、あそこがすごく好きです。一滴の濁りがその人の全部だと思われて糾弾されがちだけれど、ほかの部分が魅力的だからか、その濁りがちょっと愛しく思える。切り取られた瞬間的な情報に流されず、自分の目でちゃんと見極めなければとも思いました」

 と、作品に対する考察が止まらない上白石さん。「深読みしようと思ってしているわけじゃなく、作品が自然と教訓を感じとれるようにできている」というが、そんなところも、伊坂作品の魅力のひとつだ。

「そうなんです。読んでいる最中は、ただただおもしろい。読者は、自分の中に何かを得ていることに、読み終えて初めて気づくんです。それに、シンプルな言葉がいつまでもずっと、心に刺さり続けていて、その意味を考えずにはいられなくなる。そういう言葉を私はノートにメモしておいて、落ち込んだときに読み返します。そういえば、1ページ目に書いたのも、伊坂さんのエッセイ『仙台ぐらし』の〈今踊っているダンスを踊り続けなさい〉という言葉でした」

 本を深く読み込むことによって上白石さんは、言葉の力と想像力を自分の中にとりこんでいく。それは、女優として役を演じるうえで、大きな引き出しとなっていくはずだ。

「だといいな、と思います。『クジラアタマ~』は、文章だけでなく、途中に挟み込まれていく不思議な絵も伏線に一役買っていて、とくに読みごたえがありました。何を説明してもネタバレになる気がするし、読む以上に魅力的に内容を語れる自信がないから、まずは手にとってほしい!と思います。伊坂さんをもとから好きな方はもちろん、読んだことがない人も、きっと夢中になって、他の作品にも手を伸ばしたくなるはず。会社員小説としても学ぶことが多いので、就活中の学生さんとか、働き始めたばかりの人とか、私と同世代の方にもお薦めしたいです。理不尽なことがどれだけ起きても、自分の正義をつらぬこうと頑張っている人がいるんだ、ってことに勇気がもらえるし、人生のいろんな決定をくだしていくのは結局自分なんだ、だから一歩踏み出そう、と思えるはずです」

取材・文=立花もも

 

上白石萌音
かみしらいし・もね●1998年、鹿児島県生まれ。メキシコに暮らした経験から言葉の面白さに目覚める。9月公開の映画『スタートアップ・ガールズ』(主演)、10月からは、井上ひさし最後の戯曲となる音楽劇『組曲虐殺』に出演。歌手としても活動中。

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