「途中で読めなくなった夏目漱石『こころ』に、いつかリベンジしたい」文学YouTuberベルさんインタビュー

文芸・カルチャー

2019/11/30

 小学生が憧れる職業ランキングにもランクインし、もはや新時代の職業として周知されているYouTuber。その勢いは増す一方で、新たに参入する人たちが後をたたない。

 そんなYouTuber界で、唯一無二の個性を発揮する人がいる。それが文学YouTuberベルさんだ。

 彼女は「書評を動画で伝える」という異色の活動をしており、そのチャンネル登録者数は9万人を突破。イベントにも引っ張りだこで、目下、人気が急上昇している。

 そんなベルさんはなぜYouTuberになったのか。そして、なぜ「文学」なのか。その動機から目指す場所まで、話を聞いた。

■YouTube NextUpに参加し、「文学」で攻めることを決意した

 いまや「文学YouTuber」としての立ち位置をしっかり確立しているベルさん。しかし、動画投稿を始めたばかりの頃は、「文学」という武器を持っていなかったという。

「動画投稿を始めたのは4年くらい前です。当時はYouTuberという言葉が出始めたばかりで、まだ専門分野に特化した人もいなかった。私もなんとなく先人のYouTuberを真似して、とにかくなんでもやってみるマルチチャンネルを運営していました」(ベルさん、以下同)

 ベルさんのチャンネルを遡ってみると、開設当初はピアノを演奏している風景やお酒を飲み比べしている様子などがアップされており、少々雑多な印象を受ける。まだなにを売りにしていけばいいのかわからない。ベルさんが手探りで活動していた証拠だ。

 ところが、ベルさんが「文学」を武器にしていくことを決意する出来事があった。それが2017年に行われた「YouTube NextUp」だった。これは次世代のクリエイターを支援する強化合宿。それに応募したベルさんは12人の入賞者として選ばれ、5日間のワークショップに参加することになった。

「一緒に参加していた方々がみんなキラキラしていたんです。そのなかにギャル系YouTuberのうさたにパイセンって人がいたんですけど、彼女は『いまどきギャルはウケないけど、それでも私はギャルだから』って言い切っていて、ギャルメイクやギャルトークの動画をあげていたんです。そのブレない軸がとてもかっこよく見えて。自分が好きなものに真っ直ぐ向かう姿ってすごいな、と。じゃあ、私はなにが好きなのかと考えたときに、『文学で勝負したい』と思ったんです」

 とはいえ、不安はあった。マルチに活動していた頃も「書評動画」をアップすることはあったが、あまり数字が伸びていなかったのだ。

「でも、YouTube NextUpが終わってから、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』の書評動画をアップしてみたらとても初動がよくって、大勢の方に観てもらえたんです。もちろん、芥川賞受賞というホットな話題だったことも関係しているとは思うんですけど、もしかしたらYouTubeの環境が変わってきているのかもしれないと思いました。よりニッチなものが求められているのかもしれない、これは追い風だぞ、と」

 結果として、『コンビニ人間』の書評動画は9万を超える再生回数を記録。いま現在も視聴回数が伸びているという。

■学校に行けない少女を救ってくれたのは、読書だった

「文学YouTuber」を名乗り始める前から、ベルさんのもとには「本を紹介するとき、とてもイキイキしていますね」というファンの声が寄せられていた。たしかに、本のあらすじや感想を述べる姿はとても楽しそうだ。

「でも、幼少期は文学少女だったわけではないんです。読書はいくつかある趣味のひとつ、という感じ。ただ、家に本が大量にあったので、娯楽として手に取りやすい環境だったのは事実ですね」

 そんなベルさんが「読書の楽しさ」に目覚めたのは、中学生の頃だった。

「実は、学校に行けなくなってしまったことがあるんです。そのときの現実逃避の手段が読書でした。簡単に転校できるわけでもないし、中学校を辞めることもできない。だからこそ、本の世界に没頭していました。他人の世界を追体験してみたり、まだ見ぬ未来を想像してみたりと、いろんな著者の頭のなかを借りながら現実から逃げていたんだと思います」

 当時、最も心揺さぶられた1冊がある。梨木香歩さんの小説『西の魔女が死んだ』だ。

『西の魔女が死んだ(新潮文庫)』(梨木香歩/新潮社)

「この作品は、学校に行けなくなってしまった主人公が、離れて暮らすおばあちゃんのもとに療養に行くというストーリーで、自分自身とリンクしたんです。主人公は“魔女修行”と称して、おばあちゃんと一緒に規則正しい生活を送るようになり、最後にはちょっとしたファンタジー要素もあって。それを読むだけで救われるような気持ちになりました。こういうやさしい世界があるのならば、私ももう少しだけ生きてみようって」

 ベルさんが「読書の楽しさ」を伝え続けている背景には、学生時代に自分自身が救われたという原体験があったのだ。

■書評で意識しているのは、作品に敬意を持つこと

インタビューに持参してくださったお気に入りの書籍たち

 いまではYouTube上の「書評家」として、出版業界でも一目置かれる存在となったベルさん。しかし、「文学YouTuber」になった頃から一貫して意識していることがある。

「当たり前のことなんですけど、作品に敬意を持つようにしています。そして、なるべく客観的な意見を述べる。たとえば、作品の良かった点や魅力を伝えると同時に、注意点もお話しするようにしているんです。『この作品には性的描写があるので気をつけてください』とか、『結構難しくて読みにくいから、初心者の方は●●ページまで読んでみてわからなかったら、一度閉じてしまうのもアリだよ』とか。ただし、その注意点だって、誰かにとっては魅力に変わる可能性もあります。だから、まずは作品に敬意を持って、フラットな目線で紹介しているんです。そもそも、私の活動って、作品(本)ありきなんですよね。一から作品を生み出している人の苦労は計り知れないですし、やはりそれは尊敬すべきこと。私は著者の方たちが作り上げたものをアピールする、宣伝隊長のつもりでいるんです(笑)」

 最近では、そんなベルさんの動画をきっかけに文学にハマる若い視聴者が増えているそうだ。

「私のチャンネルって、18~24歳の層が一番厚いんですけど、なかには1年間で1冊も本を読まないという人もいるんです。でも、私が紹介した本を機に読書にハマってしまって、いまではひと月に何10冊も読むようになりました、なんて言ってくれる人もいて。そういう声を聞くと、うれしいですよね」

 さらには、本によって人と人とがつながれる場所も作り出した。

「Twitterで『#のベルズ』というコミュニティがあるんです。これは、ただこのハッシュタグをつけて文学にかんする投稿をするというシンプルなもの。でも、見つけたらガンガンリツイートしています。すると、知らない人同士の交流が始まったりするんですよ。たとえば、若い子の『10代のうちに読んでおくべき本があったら教えてください』という投稿に対し、詳しいおじさまが親切にアドバイスしていたり。そういう輪のなかにいると、すごく居心地がいいんです。読書ってひとりで完結できちゃうものですけど、感動したらそれを共有したいし、同じ本にハマっている人同士で意見交換したいじゃないですか。そういう場所をSNS上で提供できたらいいなと思っています」

■いつか、夏目漱石の『こころ』にリベンジしたい

 今回のインタビューでは、ベルさんに「最も影響を受けた1冊」を持ってきていただいた。「実はこれなんです…」とバッグから取り出した1冊、それは夏目漱石の『こころ』だ。ところが、その理由を聞いて驚いた。「どうしても読めなかった」らしい。

「高校2年生の頃に買ったんですが、152ページまでしか読めなかったんです。その頃も学校に馴染めなくて、行ったり行かなかったりしていたんですね。そんな私にとって、『読書』が唯一できることでした。でも、『こころ』は読めなかった。おそらく人間関係に疲弊しすぎていたのが原因だと思うんですけど、どうしても最後まで読めなくて、絶望したんです。唯一できることだった『読書』すらできないって、すごいショックですよね」

 それ以降、『こころ』はベルさんにとっての「壁」となった。栞は152ページに挟んだまま。いつか成長して、この作品を読破する。それがベルさんの目標になったのだ。

 そして、目標はもうひとつ。

「独特の世界観を作り上げたいんです。私の名前を聞いた人の頭のなかに共通認識が浮かぶような。たとえるならば、きゃりーぱみゅぱみゅさんみたいなオリジナルの世界観を持つ人になりたい。そうなると、もっともっとできることが広がっていく気もしています。それこそ文学にファッションや音楽、料理なんかも掛け合わせられるかもしれない。そうやって活動の幅を広げていった先に、『文学ってかっこいいよね』『本読むのってオシャレだよね』という世界が見えてきたらうれしいなって思います」

 現在も、「ベル書店」という名で書店の本棚のプロデュースをしたり、単行本の帯に推薦文を寄稿したりと、Webを飛び出した活動が増えてきている。しかし、その目線はもっと高いところを見据えているようだ。

 最後に、あらためて「文学の魅力」について聞いてみると、ベルさんは思案する表情を見せた後に「自分探しかも…」と話しだした。

「文学って、自分探しができる唯一のツールだと思っているんです。私はYouTuberという新しい職業に就いて、型にはまらない人生を選択した分、やはり将来に対する漠然とした不安があるんですね。それは他者に相談してもわからないこと。そういうときに読書をすると、新しい自分が見つかるんです。自分はこういうストーリーに感動するんだ、自分はこういう文章が好きなんだ、って。読書って“いまの自分”を映し出す鏡なんだと思います。それが一番の魅力ですね」

文学YouTuberベル【ベルりんの壁】
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取材・文=五十嵐 大 写真=花村謙太朗