「脳内トラベル台湾」トークイベントで、作家・乃南アサさんが語った“ユニークな台湾取材エピソード”とは?

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更新日:2021/10/19

乃南さんのお薦め「脳内トラベル台湾」できる本 3冊

侯孝賢と私の台湾ニューシネマ
『侯孝賢と私の台湾ニューシネマ』(竹書房)

 1冊目は『侯孝賢と私の台湾ニューシネマ』(竹書房)。本書の著者は、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督とともにたくさんの名画を世に送り出した脚本家の朱天文(チュー・ティエンウェン)。彼女の視点での侯孝賢作品の分析や映画制作の舞台裏が綴られている。

「映画から台湾に入られる方が多いような気がして。とくに侯孝賢監督の映画は強烈なインパクトを残すので、わからないながらも引きずられる人が多いと思うんです。そういう映画がどんなふうに作られていたのかということ、それから、かなり密接に日本と関わりながら映画制作をしていたこともわかる一冊で、私自身は映画作りに携わったことはないんですが、映画作りの背景に触れた感慨があって、こういう本で侯孝賢監督の世界を知っていくのも面白いかなと。私が最初に観た侯作品は『悲情城市』で、やはりそこから始まったみたいなところがありますね」

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安閑園の食卓 私の台南物語
『安閑園の食卓 私の台南物語』(単行本は文藝春秋より1986年に刊行、文庫は集英社より2010年に刊行)

 2冊目は『安閑園の食卓 私の台南物語』(単行本は文藝春秋より1986年に刊行、文庫は集英社より2010年に刊行)。自宅から乃南さんが持ってきてくださった文庫にはたくさんの付箋が付いていた。

「かなり古い本なんですが、著者は辛永清さんという昭和一桁生まれの料理研究家の方でもうお亡くなりになっています。この方は台南のご出身で、ご自分の少女時代の思い出を綴っていらっしゃる。その頃は日本統治時代でありながら、台湾の人たちの文化もわりと大事にされていたようですね。辛さんはとても裕福な家庭のお嬢様で、彼女の目から見た大人の世界とか、当時の食事や生活習慣、祭事や物売りの人たちがやってくる様子などが書かれていて。それこそ、私が台南の街を歩いてみたいと思った、最初のきっかけになった本です。残念ながら、今はここに書かれている風俗や街並みは、現在の台南には残っていないんですが、面影は感じられるのではないかと思います」

台北プライベートアイ
『台北プライベートアイ』(文藝春秋)

 ラストの3冊目は『台北プライベートアイ』(文藝春秋)。台北国際ブックフェアで大賞を受賞したハードボイルドの話題作だ。

「こちらは昔ではなく、今の台北の地図をなぞりながら読んでいただくと面白かなというミステリーです。ストーリーはちょっとわかっちゃうかもと思うところもあるけれど読みやすいし、街の名前、道の名前、公園や建物の名前などが具体的にしっかり書かれているので、グーグルマップを見ながら読むと、こういうところを逃げていたのかということがわかって楽しいです。あと、この本のもうひとつの面白さとしては、台湾人の文化や生活、性格などいろいろなことに対して、かなり辛辣に批評しているところがあり、ついでに日本のことも分析していて、著者はよくわかってらっしゃる方だなという感じがすごくするので、ウンウンと納得しながら読むのもいいと思います」

 台湾の文化にとても詳しい乃南さんだが、台湾人作家の書籍をどのくらい読まれているのだろうか。

「資料にしたり、参考にしたりするために読むことが多く、小説はそれほど読んでいないのですが、ここ数年でたくさんの台湾書籍が翻訳されていることは感じています。知り合いに頑張っているエージェントがいて、その人たちの顔が思い浮かびます。人の頑張りが刊行点数に表れてきますので。もちろん日本の出版社もずいぶん積極的になってきました。私がかつて『美麗島紀行』を書きたいんですと、出版社に持ちかけたときは、“今は台湾じゃないでしょう”と鼻で笑われた。そのくらい隔世の感がありますね。ここ5~6年くらいですごく変わったんだと思います」

日本のことを無縁の存在ではないと意識してくれる台湾の人たち。チャンスがあれば、また台湾について書きたい

「以前、留学やワーキングホリデーなどで来日された台湾人の方々とお話しする機会があって、そのときに“思ったよりも楽しくなかった”とか“つらかった”とか“想像していたときのほうが幸せだった”とか、結構悲しい思い出をうかがうこともあったんですね。それでもやっぱり、日本に台風が来た、地震があったといえば、一番に心配してくれるのは台湾の方たちだし、台湾に行ってテレビを見ていると、地震速報はもちろん、台風情報などは日本列島も込みで天気予報を放送してくれている。台湾の方たちは、日本人のことを自分たちと無縁の存在じゃないと常に意識してくださっているんだなと。あるお年寄りに言われたのは、戦争が終わったとき、日本人はみんな引き揚げてしまって、あのときから私たちはずっと片思いなんですよって。日本人は私たちのことを忘れたのかもしれませんが、私たちは白色テロの間もずっと片思いを続けていましたよと。その言葉を聞いたときはちょっと泣きそうになりました」

 トークライブも終盤。視聴者からは、乃南さんに「今後も台湾に関する書籍を書かれますか?」という質問や「書いてほしい」というメッセージがたくさん寄せられていた。

「日本統治時代を知る方々もご高齢になって、私が取材していた頃から、すでに70~80代の方が多かったので、みなさんがお元気なうちにその思いを書いておかなければという気持ちは常にありますね。明日のこともわからないので何とも言えないんですが、チャンスがあれば、ぜひまた台湾について書きたいと思います」

<プロフィール>
乃南アサ(のなみ・あさ)/1960年、東京生まれ。早稲田大学中退後、広告代理店勤務などを経て、1988年『幸福な朝食』が日本推理サスペンス大賞優秀作に選出され、作家デビュー。1996年『凍える牙』で直木賞、2011年『地のはてから』で中央公論文芸賞、2016年『水曜日の凱歌』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。著書に、『風紋』『晩鐘』『ニサッタ、ニサッタ』『新釈 にっぽん昔話』『チーム・オベリベリ』など多数。台湾をテーマとした著作に、『美麗島紀行』『ビジュアル年表 台湾統治五十年』『六月の雪』『美麗島プリズム紀行』がある。

特設サイト:https://nounai-travel-taiwan.taicca.tw/
アーカイブ動画:https://youtu.be/LuofxKur6Lo

台湾クリエイティブ‧コンテンツ‧エイジェンシー(TAICCA)
 台湾・文化部(文科省に相当)のもとに2019年に創設された「台湾クリエイティブ・コンテンツ・エイジェンシー(Taiwan Creative Content Agency)」(通称TAICCA)は、台湾文化コンテンツの産業化、国際化を促進する独立行政法人です。TAICCAは国際共同制作資金、コンテンツ開発支援投資資金などの産業促進プランを用意しており、民間と共同しながら台湾発の文化コンテンツをサポートし、海外発信にも力を入れてきました。ドラマ、映画、音楽、出版、アニメ、ゲーム、コミック、ファッションデザインから文化的テクノロジー応用まで、あらゆる台湾発の文化的コンテンツを支援し、またそのコンテンツの普及と、ビジネスの活性化を目的に活動していきます。

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