一緒にい続けるためにも、作家であり続けなければいけない――『幸村を討て』今村翔吾×『竜血の山』岩井圭也対談

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/23

今村翔吾さん、岩井圭也さん
今村翔吾さん(左)と岩井圭也さん(右)

『塞王の楯』(集英社)で第166回直木賞を受賞し、受賞第1作『幸村を討て』(中央公論新社)を刊行したばかりの歴史・時代小説界の新星・今村翔吾さん。水銀が飲める一族の盛衰によって昭和史を描き出す『竜血の山』(中央公論新社)など、話題作を次々と世に送り出す岩井圭也さん。デビュー年こそ1年違うが、2人はほぼ同期であり、同志だ。お互いの作家人生のほぼ全てを目撃し合ってきた2人が、未来について語り合った。

(取材・文=吉田大助 撮影=川口宗道)


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ノープロット派の今村 VS プロット派の岩井

今村翔吾さん、岩井圭也さん

岩井圭也さん(以下、岩井) 『幸村を討て』、がっつりミステリーだったので驚きました。『八本目の槍』や『くらまし屋稼業』もミステリー調ではあったんですが、今回は「大坂の陣で真田家は何をしていたのか?」という謎解きが真ん中にあり、章ごとに違う武将がフォーカスされていって少しずつ謎が明かされていく。物語の構造からしてミステリーでしたし、なおかつちょっとホラーも入っているというか、得体の知れなさが全編に漂っているじゃないですか。今村さんの作風である「熱さ」は今回も入っているんだけれども、読者にページをめくらせる「エンジン」がこれまでとはまた違う。エンジンの種類が多い人だなって改めて感じました。

今村翔吾さん(以下、今村) 作風の幅の広さでいうと、僕より断然、岩井さんのほうが広いですよ。自分では「器用貧乏」とか言うんやけど、手を替え品を替えで毎回、違うものを読ませてくれる。『竜血の山』も、どれともカブってないよね。だって主人公、水銀を飲むんだもん(笑)。

岩井 編集者から「マジックリアリズムを書きませんか?」と言われたんです。そこから考えたのが、「水銀を飲む一族」というアイデアで。

今村 一族の直系じゃなきゃダメで、ハーフの子は水銀が飲めなくなるという設定がいいよね。

岩井 一族が滅びた時に、その秘密もなくなるって仕組みは面白いかなと思ったんです。

今村 どうやったらこんな話を思いつくの?

岩井 もとをたどれば、高校生の時に元素表を見た瞬間まで遡ると思うんです。元素表の中に1個、ヘンな奴がいるな、と。水銀は常温でも液体の金属でって、「何それ!? おもろ!」と。そこから(大学・大学院時代に)北海道で生活する中で聞いた話とかが、「マジックリアリズム」の一語で引っ張り出されてどんどん繋がっていったんだと思います。

岩井圭也さん

今村 確かに、過去にグッと自分の中に入り込んでいたものが大もとになって、1作できあがるってことはあるよね。『幸村を討て』はまさにそう。僕は小学5年生の時に読んだ池波正太郎先生の『真田太平記』が、小説を好きになるきっかけなんですよね。幸村とお兄ちゃんの信之、自分なりの真田家をいつか書きたいなぁという思いはだいぶ昔からあった。その意味では長いこと構想していたにもかかわらず、ほら、ご存じのとおり俺はノープロットの男やから(笑)。

岩井 これをノープロットでよぉ書いたなあって、今回が一番ビックリしました(笑)。プロットを作らずよく書けますよね。僕は、『竜血の山』であれば1万字くらいは書いています。

今村 1万字!?

今村翔吾さん

岩井 頭から順番にチェックポイントみたいなものを書いていくと、オチを作る時に「ここは整合性が合ってないから、前段で直さなあかんなぁ」とわかるし、お話全体の見取り図ができる。それが事前にできていないと、僕は不安すぎて書き出せないですね。

今村 あっ、でも『幸村を討て』は、プロットと言えるかどうかわからんけど、「徳川家康から始まって、間に5人挟まって信之で終わる」というのだけは事前に決めていた。

岩井 それ、2度とプロットって言わないで!

一同 (笑)

某新人賞で直接対決! 勝敗がついたと思いきや

――Twitter上で2人のやりとりをお見かけすることがありますが、そもそもの出会いとは?

今村 新人賞に応募していた時期が一緒なんです。

岩井 中央の賞と地方の賞と、分けへだてなく応募していたんですよね。お互い地方文学賞を2つ受賞して、その後で中央の新人賞を受賞という経歴って、相当なレアケース。

今村 岩井さんは、秋田と岐阜や。僕は伊豆と佐賀。だいたい同時期に受賞しているから、その時点で「あっ、こういう人がいんねんな」と知って、デビューする前からTwitterはフォローし合っていた。オール(=オール讀物新人賞)も出していたでしょ?

岩井 出していました。小説すばる(=小説すばる新人賞)もお互い出しましたよね。どうして知っているかというと、新人賞を主催している雑誌って、2次通過ぐらいから名前がリストに載るんですよね。「今村翔吾(滋賀県)」がまたおるぞ、と(笑)。

今村 滋賀県、目立つんですよ、弱いから(笑)。甲子園みたいなもんで、1次通過までは滋賀勢がいることもあるんだけど、2次通過になると滋賀勢はほぼ消える。東京と神奈川はやっぱり強いな、書いている絶対数も多いんだろうなぁと思いながらリストを見ているうちに、岩井さんの存在に気づくわけですよ。で、決定的だったのが野性時代(=野性時代フロンティア文学賞)。

今村翔吾さん

岩井 2017年の回で、最終候補に2人が残ったんですよね。受賞作なしだったので、勝敗つかずだったんですけど。

今村 いや、岩井さんは奨励賞をもらったから、あなたの勝ちですよ。

岩井 まあね(笑)。その点では正直、嬉しかったんですよ。「今村翔吾に勝った。やったやった~」と思っていたら、2週間後くらいに今村さんから「デビューします」って連絡が来て、ずっこけました。きっかけは、地方の文学賞だったんですよね。

今村 そうそう。九州さが大衆文学賞の選考委員だった北方謙三さんに、編集者を紹介してもらって、文庫書き下ろしでデビューすることになった(2017年3月刊『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』)。

岩井 僕は奨励賞を取った次の年に、同じ賞で正賞を取って、1年遅れでデビューしました(2018年8月刊『永遠についての証明』)。

今村 リベンジ成功。かっこいいよね。

岩井 僕としてはやっと今村さんに追いついた、みたいな感じだったんですよ。と思っていたらその年の年末に、単行本デビュー作の『童の神』(第10回角川春樹小説賞受賞)で今村さんが直木賞候補になって、「待って待って。そんなんあり?」と(笑)。

今村 他の作家にはこうは言わないけど……「悪いな!」と。

一同 (笑)

岩井 そこから文学賞を次々に取っていかれて、『塞王の楯』で直木賞も取られて。自分としてはもちろん悔しい気持ちもありますけど、投稿時代のシロウトの時から切磋琢磨してきた仲間が直木賞まで行った、という喜びのほうがはるかに大きいですね。

今村 文学賞に関しては俺も全然わからないから、なんとも言えないけど、時間の問題って気がするけどね。『竜血の山』もすっごく良い小説だってほんまに僕は思ってるし。

岩井 「はよ取るか売れるかせえよ」っていつも言われます(笑)。

今村 その時はめっちゃお祝いしてあげるわ。

岩井 頼んます。

ライバルであり友であり、同志であり「本屋と作家」

岩井圭也さん

岩井 今村さんって、自分の世界が最初からクリアに見えていた方だと思うんです。「これを見せたい」「これを味わわせたい」というものを1作目から持っていて、今もずうっとそれを貫いている。それができる人って、すっごい稀やと思う。

今村 岩井圭也が見せたい世界は何?

岩井 僕はまだぼんやりとしか見えていないんです。「面白い」って、いろんなパターンがあるじゃないですか。こっちのパターンも面白いしあっちのパターンも面白そうだなぁと片っ端からやっていったら、何を書いているのか自分でも紹介しづらい人になってしまいました。最近よく編集者に言われる言葉は、「作風をしぼれ」です(苦笑)。

今村 そういう意味で言うと俺、「面白い」はひとつかもしれない。「面白い」の見せ方の部分はいろいろだけど。岩井さんの場合は本当に、作品ごとに違うよね。文体すら違うもん。それができるってことは、リセット力も高いということ。1個1個、イチから白い紙に絵に描くのは、俺は面倒臭いからさ(笑)。

岩井 僕は、たぶん飽き性なんですよ。だから違うものが書きたくなる。今年連載が4本始まるんですけど、SFっぽいのがあったり、ヒューマンミステリーがあったりで、全然しぼる気ない(笑)。

今村 俺も飽き性やねんけど、飽き性だからいろんな作品を並行してやることによって、飽きを防いでる。こっちは、作風を変えて飽きを防いでる。主人公に水銀飲ませたりしてね(笑)。作家としては、岩井さんのほうが浮気性。俺のほうが浮気しそうに見えて、一途やねん。

岩井 「作家としては」ね!(笑)

今村 まぁでも、会うとよく話すけど、書きたいものはお互いいろいろあるよね。俺も「面白い」は1個かもしれんけど、まだまだ変わっていきたい、小説が上手くなりたいと思っているし。

――腹を割って話ができる、いい関係ですね。お互いの作品を、リスペクトし合っている感覚も伝わってきます。

今村 毎年新人作家が山のように現れて、新刊本が山のようにあふれている現実を前にして、大きな賞をもらったからといって安心できないんですよね。「今年もなんとか生き残った……」の繰り返しは毎年毎年続くと思うんですよ。その生き残りの中に、同期というか、共にやってきた人間が一緒にいるというのは支えになるし、岩井さんにとって自分もそういう存在になりたいなって思う。ライバルであり友であり、同志でありみたいな今の関係を、これからも続けていきたいですね。

岩井 小説を書くことってものすごい孤独だし、毎日が「これでいいのかな?」ってことの連続だと思うんですね。その中で、道は違えど同じように走っている人がいるって感じられること自体が、頑張ろうって支えになるんです。その感覚があったからこそ今まで僕も続けてこれましたし、今後続けていくためにも、お互い刺激をし合えるようにしたいなと思います。「やっぱりあいつには負けてられへん」みたいな思いも含めて。

今村 やれるもんならやってみろ!

岩井 ね。こういうこと言うじゃないですか?(笑) そういう相手がいることで、自分も燃える部分はあるんですよ。

今村 偉そうなこと言ってるけど、「野性」の直接対決は俺が負けてる(笑)。

岩井 一緒にいると楽しいんですよ。作家でいることはしんどいこともいっぱいあるけど、作家でいられることがより楽しくなるんです。

今村 作家でいなければ一緒にいられなくなっちゃうってお互いわかってるから、だから頑張るってところもあるよね。片方が辞めたら、会えるっちゃ会えるけど、今みたいに連絡は頻繁にはし合わないと思う。全然別のかたちで出会えばまた違ったかもしれないけど、作家として出会っちゃったからね。……今のカッコよくない? 北方謙三さんが言いそう(笑)。

岩井 今村さんが経営されている(大阪府)箕面の「きのしたブックセンター」、まだ足を運べていないんですよね。今度ぜひ、お店にお邪魔させてください。

今村 来てよ、来てよ。『竜血の山』、レジ前に置いてるよ。

岩井 サイン本100冊ぐらい書きましょか?

今村 ……サイン本って返品できひんのよ。

一同 (笑)

今村 ウソ、ウソ。売れる、売れる(笑)。

岩井 今村さんは精神的に支えてくれるだけじゃなくて、僕の本も売ってくれている(笑)。今後とも末長くよろしくお願いします!

今村翔吾さん、岩井圭也さん

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