聞く/聞いてもらうことが、なぜ今大切なのかを問う本

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公開日:2023/1/31

聞く技術 聞いてもらう技術
聞く技術 聞いてもらう技術』(東畑開人/筑摩書房)

 本稿の筆者は、人の話を聞いてまとめるインタビューを生業としている。そのため『聞く技術 聞いてもらう技術』というタイトルの本の前で、ふと足が止まった。その理由は「聞くことに関しての技術書は山ほどあるが、“聞いてもらう技術”は思い出す限り目にしたことはない」からである。「聞いてもらう」とは、どういうことだろう?

 SNSなどでは自分が信じていることばかりを書き立て、相手の言い分を聞かず、「それって、あなたの感想ですよね?」と突き放すことで会話は強制終了、いかにマウントを取るかが繰り返されている。政治家も役人も聞かれたことには答えず、杓子定規な回答ばかりで、忖度がまかり通り、知らない間にいろんなことが決まっていて、人の気持ちを理解していなさそうなことばかり起きる。生活するだけでも大変なのに、嫌でも情報があちこちから入ってきて、考えなくていいことまで考えて、焦って、呆れて、思い詰めて、たまらず知人や家族に相談しても「うるさいなぁ」「疲れてるから今度で」「根拠は?」と聞く耳を持ってくれない。そればかりか、相手との距離を詰めると「面倒臭い人」「あなたに言われる筋合いはない」などと雑なレッテルを貼られて追い払われてしまったり、「男のくせに」「だから女は」というとんでもないハラスメントさえ投げつけられることさえある。

 やれやれ、本当に疲れますね。話を聞いてもらえない場面、多すぎです。でも、あなたも誰かの話をちゃんと聞けていますか?

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 本書の著者である臨床心理士の東畑開人先生は、まえがきで「あなたが話を聞けないのは、あなたの話を聞いてもらってないからです。心が追い詰められ、脅かされているときには、僕らは人の話を聞けません」と書く。

 たしかに余白一切なしのギリギリ状態や、全然報われない潤いゼロの不毛地帯だと、誰かの話は心に届くどころか、耳にも入らない(相手の話がささくれ立っていたり、切羽詰まっていたらなおのことだ)。

 本書はどうしてそうなってしまうのか、どう解消していったらいいのかについて「聞く」と「聞いてもらう」の2つパートで構成されている。いずれのパートもまず「小手先編」と題して相手の話を聞くため、聞いてもらうためには技術的にどんな技があるのかを紹介している(取材の場面でも有用な内容だ)。その後、東畑先生が朝日新聞に連載した「社会季評」の文章から話を展開させ、なぜ聞く/聞いてもらうのかについての問題提起をし、本書なりの結論でまとめるという構成で、今の社会全体を覆っている「『聞く』の不全」をどう解消すべきかへと収斂していく。

 インタビューでは、すべて話しが終わって帰ろうとしているときに「そういえばあれって……」とビックリする話が飛び出すことはよくある。人の本音というのは「全部吐き出し終わったかな」と思った後にポロッと出てくるものだ。だから、日々胸の辺りでモヤモヤと言葉にならない不安な気持ちに「それって、こういうことでしょう?」とひとつひとつすくい上げてくれるような本書の内容に救われる人も多いだろう。

 そして「ねえ、ちょっと聞いてくれるかな?」と言えるようになれば、閉塞した状況に辟易するばかりの世知辛い世の中が変わっていくに違いない。本書がベストセラーになっているのは、そうなることを望む人たちがたくさんいるということなのだから。

文=成田全(ナリタタモツ)

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