これからは女として生きていきます――。妻子あるサラリーマンによる、衝撃の告白本

生き方

2018/7/19

『総務部長はトランスジェンダー 父として、女として』(岡部 鈴/文藝春秋)

 生き方の多様性が叫ばれている昨今。一人ひとりの個性を認めよう、自分らしく生きようと、「みんな違っていていい」ことの尊さを訴える声をしばしば耳にする。でもそれは、どこか“他人事”としての響きを持っているようにも感じる。実際、自分がマジョリティとして生きられないことに気がついたとき、マイノリティの当事者として、“はみ出す”ことを恐れずに堂々と胸を張れるだろうか? 自分も含めて人は、そんなに強くないのではないか――、と思うのである。

 しかし、『総務部長はトランスジェンダー 父として、女として』(岡部 鈴/文藝春秋)の著者はそうではなかった。本書は妻子を持つサラリーマンが、ある時女性として生きたい自分に気づき、家庭・会社をどうするかと悩みながらも、強い意志を持って生きる日々を記録した作品だ。

 本書によると、人生において、性別を変えたい自分を発見するピークは二度あるという。ひとつは思春期。もうひとつが、40歳を超えた中年期だ。そして、岡部さんは後者に当てはまる。50歳を目前にしたある日、女性として生きていきたい自分がいることに気がついたのだ。

 本書にはそんな岡部さんが悩みつつも、トビラを開いていくさまがリアルに描かれている。初めて女装をしたときの恥ずかしさと高揚感、女装仲間との楽しい毎日、少しずつ美しくなっていく自分への満足感……。それらが実にいきいきと描かれており、わかりやすく言うならば、とても“楽しそう”だ。

 その一方で、岡部さんに立ちはだかるのが、それまで男性として生きてきた自分自身の歴史である。会社、同僚、友人、そして家族へなんと説明すればいいのか。岡部さんはその現実に悩む。場合によっては、家庭が崩壊したり、遠回しに会社を追われることもあるかもしれないと思うのは、当然だっただろう。

 しかし、岡部さんは躊躇わなかった。なんと会社では社内一斉メールでカミングアウトするのだ。「これからは女として生きていきます」と。何とも大胆なやり方だったが、すべての社員になるべく誤解のないように、自分の言葉で説明する方法を選んだのだ。社内からは岡部さんの想像以上に好意な反応が多く、会社では女性として生きていく自信が生まれた。

 しかし、やはり“妻”はそうはいかなかった。思春期の子どもがいることもあり、仕方ないことだろう。「女性としての自分」を家に持ち込まないでほしい、という希望を岡部さんも受け止め、今まで通りに家では男性として、父親としてふるまうことにした。

 こうして家では男性、外では女性として生きることになった岡部さんは、毎朝男性の服装で家を出て、徒歩数分に借りたトランクルームに寄り、そこで女性服に着替えてメイクをして出勤することにした。帰りにはどんなに遅くなっても、再びトランクルームに寄りって着替えをメイク落としをして、帰宅するのである。

 そんな二重生活を数年間にわたって続けているという。実に大変そうだが、だからこそ、家庭生活も会社員としての生き方も自分自身も、どれも失うことなく微妙なバランスで維持できているのだろう。

 そんな岡部さんの言葉には、喜びが満ち溢れている。自分を偽ることなく、本当の姿で生きられるようになったことに対する感謝と嬉しさが、彼女の人生を明るいものにしている。その姿は非常に格好良く、誰よりも強い。

 思春期の息子にだけはまだカミングアウトできていないという岡部さん。しかし、本書の最後はこう締めくくられている。

思うままにまっすぐ生きて行こう。これも私。どれも私。いつか息子にカミングアウトする日が来ても、ブレない自分を語れるように。そう、私はわたしなのだから。

 私は私。いまの世の中、他者との違いを受け入れ、自分を貫くことができる人がどれだけいるだろう。同調圧力のようなものに負け、自分を偽っている人が大半ではないか。岡部さんが本書にこめたメッセージは、そんな人たちの胸に強く刺さるはずだ。

文=五十嵐 大