「誰も結末にたどり着けない」謎の本をめぐる、究極の冒険譚! 森見登美彦『熱帯』

文芸・カルチャー

2018/11/9

『熱帯』(森見登美彦/文藝春秋)

 まず、世界の真理レベルの話として、森見小説はおもしろい。

 次に「誰も結末にたどり着けない謎だらけの奇書」という設定に心惹かれぬ本読みはいない(はずだ)。

 ゆえに、森見登美彦氏が「誰も結末にたどり着けない謎だらけの奇書」をめぐる冒険を描いた物語に食指が動かぬ読書人などありえない。

 さあ、みなさん、奮って読みましょう。

 ……で、終わらせたいほど、『熱帯』(文藝春秋)を説明するのは難しい。なぜならこの1冊は、現時点での「森見登美彦のすべて」が込められていると思しき、とんでもない大作だからだ。

 物語は、

汝にかかわりなきことを語るなかれ 
しからずんば汝は好まざることを聞くならん

 という印象的な警句で始まり、そのまま奈良の自宅で次回作の構想に懊悩する森見氏の日常に突入する。いつもながらの森見節で綴られる「書けない小説家」っぷりを微笑ましく見守るうち、話題はそのまま氏の読書遍歴に移っていく。今や伝説の地となった京都の四畳半で読まれていたのは、『古典落語』(おそらく興津要の名著だろう)、中国清代の貴族・蒲松齢が書いた伝奇小説集『聊斎志異』、博覧強記の書誌学者・柴田宵曲が編んだ『奇談異聞辞典』、「アラビアン・ナイト」の別名でも知られるペルシャの説話集『千一夜物語』。さすがはモリミン(著者本人が作中で紹介しているあだ名なのだから、使ってよかろう)、抜群の趣味と感心していると、その書名が出てきた。

 佐山尚一『熱帯』。

 本作のタイトルと重なるが、聞いたことがない本だ。念のためググってみたが、出てこない。この時点で、「なるほど、これはモリミンがでっち上げた架空の書物を追う知的冒険小説なのね」と高を括ってしまったのが、間違いのもとだった。

 ページをめくるたびに、魅惑のキーワードが踊り狂っていた。

「沈黙読書会」「世界の中心にある謎のカタマリ」、そして満を持して語られる『熱帯』の秘密。

この本を最後まで読んだ人間はいないんです

 鼻歌まじりで挑もうものならあっという間に絡めとられて、終わるまで決して離してもらえない物語が待っていたのである。

 最初に書いた通り、本書は「誰も結末にたどり着けない謎だらけの奇書」をめぐる冒険を描く娯楽小説だ。だが、そこここに宿命的に物語に囚われてしまった森見登美彦というひとりの小説家の叫びが聞こえてくる。

この世界には無限の事実があり、いくらでも選ぶことができるのだから
(第三章「満月の魔女」より)

自分はただ忘れているだけであって、創られるべきものはすでにそこにある
(第五章「『熱帯』の誕生」より)

 著者の断片をそれぞれ割り振られた登場人物たちとともに、予測不能な物語世界をさまよう。そこにあるのは、心地よい不安感。アンビバレントな表現なのは承知しているが、おそらく、これこそが「物語」に魅せられる人種が求めてやまない境地なのだ。

 最初の警句通り、著者は「汝にかかわりなきこと」は一切語っていない。だから、あなたがもし自分も著者と同じ人種だと思うならば、ぜひ本書を旅して欲しい。読書人生において1、2を争う忘れられない体験ができるはずだ。

文=門賀美央子