数ヶ月も太陽のない世界、極限状態で冒険家は何を体感したのか?「Yahoo!ニュース 本屋大賞ノンフィクション本大賞」受賞作『極夜行』

文芸・カルチャー

2018/11/12

『極夜行』(角幡唯介/文藝春秋)

 この地球上には太陽の出ない昼間が存在し、極地に近づけば近づくほどその期間が長くなるのは、知識としては知っていた。だが、数ヶ月に及ぶ太陽の不在が、人にどのような影響を与えるのかなんてことは考えたこともなかった。

 だから、探検家の角幡唯介が極夜のツンドラ地帯を3ヶ月に及んで旅したノンフィクション小説『極夜行』が彼の妻の出産シーンから始まったことには、正直目を丸くした。時には地獄とも喩えられる真っ白な大地の風景描写が現れるのかと思いきや、分娩室での絶叫が劈頭を飾る1行目だったのだ。

 だが、読み進めるうちにこの不思議な構成が選択された理由がわかってきた。本書は、単なる冒険の報告書ではなかったのである。

極夜には根源的な未知がある。数ヶ月間におよぶ闇の世界、そしてその後に昇る太陽の光など誰にも想像がつかない。私は一度でいいからその想像を絶する根源的未知を経験してみたかった。

 未知への憧れ。それは、間違いなく人類の文明を進化させてきた原動力だ。まだ見ぬものを見たい、知り得ぬものを知りたい。そんな欲求に抗えない気持ちは痛いほどわかる。

 その上、極限状態の旅を続けることで、著者は黎明期の人類が文明を生み出していった過程を追体験することになる。

 GPSなしで旅をするために用意していた天測用の六分儀は、旅の初っ端でブリザードに飛ばされた。進む方角は星を頼りに決めるしかない。

面白いことに毎日毎日、一心に星を凝視しつづけていると、一つ一つの星に物語が生まれてくる。しかも氷床移動中の私にとって星は針路を指し示す、すなわち私の命をにぎる切実な存在だったので、生きた有機的な存在としてたち現れてきた。

 この一文をきっかけに綴られる角幡版「星物語」は、新たな神話の誕生だった。そして、己の身体感覚より天空に光る北極星を信じなければならない状況に陥った彼の星への思いは、ある種信仰の色を帯びていく。

 また、旅の相棒である橇引き犬・ウヤミリックとのエピソードからは、人と動物のパートナーシップが始まった石器時代まで巻き戻ったような関係が見えてくる。

 何もかもが、数万年前に私たちの祖先が経験したであろう出来事を想起させるのだ。

 だが、圧巻なのは永続的な闇が人の精神に及ぼす絶大な影響力だ。光の見えない環境に数十日いたことで、著者の精神は追い込まれ続ける。そこには冒険という言葉から想起されるワクワク感はかけらもない。あるのは絶望のみ。

 だからこそ、太陽が復活したその日の著者の反応は非常に予想外だった。しかし、理解できる気もした。紙の上とはいえ、同じ闇を見てきた同志として。

 結局のところ、『極夜行』とは永遠に失われた人類の始原を訪ねる旅だったのだ。だからこそ、新しい命を迎える瞬間に旅の始まりが置かれたのだろう。

 本書は、今年新設された「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」の第1回受賞作となった。ノミネートされたのはそれぞれ現代社会の問題に鋭く迫る好著ばかりだが、それを抑えて受賞に至ったのは、本書が黎明期の人類を追体験するという驚きの読書体験を与えてくれるからに違いない。「探検」の真の意味を本書で知ってほしい。

文=門賀美央子