薬剤師っていらない存在なの? 危ない“処方箋”は1日に何枚ある? 葛藤を抱えながら、患者を救う『アンサングシンデレラ』
2018/11/27
診察を受けたときにもらう「処方箋」。ぼくらはそれを何の疑いもなく受け取り、薬を処方してもらっている。けれど、この処方箋、全国で1日に発行されているもののうち、「医療事故」の疑いがあるものが何枚含まれているかご存じだろうか? ……その数なんと60,000枚! 正直、この数字には驚きが隠せない。え、下手すれば死んじゃうかもしれないじゃん……。ちょっとした恐怖すら感じてしまう。
ただし、その医療事故を未然に防いでくれている存在がいる。それが「薬剤師」だ。彼らは、膨大な薬の知識を駆使し、処方ミスに気づき、ぼくらに正しい薬を処方してくれている。言わば、医療現場における“最後の砦”だ。
ところが、一体どれくらいの人たちが、彼らの存在を重要視しているだろうか。なかには、「薬剤師なんて、言われた通りに薬を用意するだけの人たちでしょ」なんて思っている人もいるかもしれない。個人的な話になるが、ぼく自身もそうだった。調剤薬局に行っても、薬剤師の説明なんて耳半分。「お薬手帳はお持ちですか?」と尋ねられても、「そんなもの、いらないでしょ」と内心思っていた。完全に彼らを甘く見ていたのだ。
けれど、その認識を180度変えてくれるマンガに出会った。それが『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』(荒井ママレ:著、富野浩充:医療原案/徳間書店)。本作は、ぼくらの知らない「薬剤師の葛藤や奮闘ぶり」を描いた、新しい切り口の医療マンガだ。
物語の主人公は、新米薬剤師の葵みどり。希望していた総合病院に就職できて将来も安泰……と思いきや、彼女の胸のうちにあるのは、暗澹たつ想い。それは「薬剤師っていらなくない?」という、そのアイデンティティすら揺るがすような葛藤だ。医師のように頼られるわけでもなく、看護師のように親しまれることもない。患者のために薬を処方しても、特段感謝されることさえない。
とはいえ、彼女はそんな現状をすんなり受け入れているわけではない。医師からの処方箋に疑義が生じれば、臆することなくはっきりと自身の見解を述べる。もちろん、その様子を疎ましく思う医師もいる。なかには、自身の処方ミスを棚に上げて、「そんなケアレスミスでいちいち疑義かけて時間無駄にしてんじゃないよ!!」なんて邪険にする者さえいる。みどりに対するこの暴言からも、薬剤師の置かれている立場がよくわかるはずだ。
それでも、みどりは決してめげない。“万が一”を見逃さず、疑問をクリアにすべく走ることをやめない。そして、「薬剤師の知識」をフル活用して、患者を救っていく。
たとえば、禁煙したことによって薬の中毒症状を起こしてしまった中年男性、どうしても薬を飲んでくれない幼子を持ち思い悩む母親、わざと退院を先延ばしにしようとする小児糖尿病患者……。みどりは彼らの異変を誰よりも先に察知し、その病状のみならず心の闇にも光を差し込んでいくのだ。
その姿は、まさに医療現場のヒーローだ。みどりの頑張りを見たら最後、薬剤師の存在を軽視することなんてできなくなるだろう。
また、みどりの奮闘は、一般社会で日々葛藤している社会人へのエールのようにも映る。ワンマン上司に逆らうことができない。仕事にやりがいが感じられない。目の前の作業をただこなすだけ。本当に自分は社会から必要とされているのだろうか――。そんな悩みを抱えたことがある人は、少なくないはず。けれど、それも自分の考え方次第なのではないだろうか。たとえ疎ましく思われたって、邪険に扱われたって、みどりのように長いものに巻かれず、自己主張し、本当に大切なものを見失わなければ、どんな場所にいたって輝くことはできるのだ。医師や看護師と比べて、どうしても地味で目立たないと思われがちの薬剤師であるみどりが、少しずつ自身の居場所ややりがいを見出しているように。
医療モノというジャンルにおいて、薬剤師にスポットライトを当てた異色のマンガ『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』。本作は、悩み多き現代人を救う、まさに処方箋のような作品だ。
文=五十嵐 大
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