賢い人ほどとらわれてしまう“10の思い込み”――「正しいデータ」も歪めてしまう場合も…

社会

公開日:2019/3/27

『FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP社)

 大道芸の一種に、「剣を飲み込む」というものがある。刃渡り数十センチもある凶器を口の中に入れ、そのまま押し込んでいく様子は恐ろしいものだが、飲み込んだ本人はケガなどしない。奥まで飲み込んでから、そのまま剣を引き抜き、そして次の演目に移るのである。そんな芸を見せられた人は「飲み込んだように見せて、実は口に入れていない」「剣に仕掛けがあって刃が引っ込むようになっている」などと、タネについて想像を膨らませるだろう。しかし、事実は違う。人体の構造は、剣を飲み込めるようになっているのである。

『FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP社)は、世の中の人々が事実ではなく思い込みの世界を見ていると指摘する。事実や証拠に基づいた観察ではなく、「きっとこうに違いない」という考えに流され、実際に起こっていることが見えなくなるというのだ。人々は思い込みや先入観、そしてその元になっている「本能」によって世界を誤認し続けている。大道芸の例もそうだ。人体の構造として誰にでも実践できることについて、「特別な仕掛けがある」と思い込むのである。

 本書の冒頭には、それらを証明するため、世界の現状に関する13の質問が載せられている。質問の内容は「世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年間でどう変わったでしょう?」といった単純なものだ。解答は「約2倍になった」「あまり変わっていない」「半分になった」の3択であり、適当に答えたとしても33%で正解する。ところが、この質問の正答率はわずか7%だという。当てずっぽうに答えても3割は超えるはずなのに、これはどういうことなのか。

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 この質問の正解は「半分になった」である。極度の貧困の中で生活する人の数は、20年で半分になった。実に素晴らしいことだ。ところが、人々はそんな喜ばしい事実を知らないどころか、「何も変わらない」あるいは「状況は悪化している」と思い込んでいたのである。これこそが人の持つ「10の本能」による影響である。つまり、「世界はどんどん悪くなる」というネガティブ本能が、世界の貧困に関する事実を間違えて認識させているのだ。

「世界の情勢など調べようがないのだから間違えても仕方がない」と思うだろうか。しかし、極度の貧困に悩む人々に関する情報は決して手の届かない場所にあるわけではない。さまざまな国際機関が情報を発信しており、インターネットを活用すれば簡単にアクセスできる。そうであるにもかかわらず、人々は事実を調べることもしないまま、「世界の貧困は一向に改善していないか悪化している」と思い込んでいたのである。そして、これは笑い話では済まない。なぜなら、この傾向はいわゆる知識人や専門家でさえも大差がないからだ。問題を解決する責任を負う当事者でさえ、本能がもたらす思い込みによって事実を誤認する。これでは、正しい解決策など打ち出せるはずがない。

 思い込みの恐ろしさは、「正しいデータ」さえも歪めてしまう場合がある点だ。正確なデータを思い込みのままに曲解し、見当違いな答えを出す。特別な事例を普遍化したり現状がいつまでも続くと予想したりすることで、本当に対処するべき課題を見えなくしてしまうのだ。根拠が正しいこと、事実を見つめることはもちろん大切だろう。しかし、本当に重要なのは、それを取り扱う人間が自らの本能を制御すること――「ファクトフルネス」の実践だ。そうしなければ、どんな知識もデータも役には立たない。

 著者は、ファクトフルネスを知識や知恵とはまったく違うものだという。ファクトフルネスとは「勇気」だというのだ。恐怖に惑わされず、居心地の良い視点あるいは刺激的な事実を求める欲求から抜け出して、本当に重要なことを見抜こうとする姿勢こそファクトフルネスの本質なのだ。それを身につけ実践するために、まずは自分がどれだけ思い込みに縛られているかを自覚する必要がある。本書を読めば、多くの人々が誤解している事実の正体と、それをもたらす本能から抜け出す方法を知ることができるだろう。

文=方山敏彦