政治的駆け引きに圧力に…もし、誘拐犯が政治家に罪の自白を要求してきたら?

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更新日:2019/5/13

『おまえの罪を自白しろ』(真保裕一/文藝春秋)

「うそつきは政治家のはじまり」。そう言われても仕方のないほどに、政治家の多くは、平気でうそをつき、その責任をとることはないまま詭弁を弄している。そんな政治家のずる賢い姿と、前代未聞の誘拐事件を描き出したサスペンス小説が誕生した。

 真保裕一氏の『おまえの罪を自白しろ』(文藝春秋)だ。真保氏といえば、『ホワイトアウト』『灰色の北壁』などの著作で知られ、「誘拐もの」としては、『誘拐の果実』などの傑作を執筆している。だが、この最新作は真保氏のどの傑作をも凌駕する面白さがある。中でもこの作品の一番の驚きは、誘拐実行犯からの要求内容。普通ならば、「身代金」を要求するところを、犯人は「政治家としての罪を自白」することを要求してくるのだ。

 誘拐されたのは、衆議院当選6回の代議士・宇田清治郎の3歳の孫娘。清治郎は総理の「友人」に利権を提供した疑惑を糾弾されながらも、懸命に総理を守り続けてきた。疑惑が取り沙汰される中での事件に、清治郎は頭を抱える。

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「記者会見を開いて、おまえの罪を自白しろ。今まで政治家として犯してきたすべての罪を、だ」

 犯人の動機は宇田家への怨恨か。総理の罪を暴くことにあるのか。タイムリミットは、翌日の午後5時。限られた時間の中で、宇田清治郎はどんな決断をし、会見で何を語るのか。

 この世の中に、過去に、一度も罪を犯してこなかった人などどこにいるのだろう。もし、「今までおかした罪をすべて自白しろ」と脅されたら、誰だって罪の1つや2つ心に浮かぶはずだ。ましてや宇田清治郎は政治家。彼は、警察にも息子たちにも「わたしは何も罪を犯してはいない。自分の信じる政治に邁進してきただけだ」と語るが、実際にはどの罪を自白したら良いものかと途方に暮れている。秘書にパワハラめいたことをした過去もあれば、女性関係の問題もあるし、マスコミに取り沙汰されている総理の「オトモダチ利権」にまつわる疑惑の真相だって胸の内に秘めている。孫の命は大事だ。だが、卑劣な犯人の要求によって政治生命を終えてしまうことほど無念なことはない。他の政治家に相談したいところだが、孫の命がかかっているというのに、政治家たちは保身のための駆け引きばかり仕掛けてくる。この試練にどう立ち向かえば良いというのだろうか。

 宇田清治郎の家は、代々続く政治家の家。長男の揚一朗は、埼玉県議。長女・麻由美の夫は、市会議員。そして、主人公となる、次男の晄司は、会社経営に失敗し、父・清治郎の秘書になったばかりだ。政治の世界から距離を置き続けたからこそ、独自の視点で事件の真相に迫っていく。そして、今まで知らなかった政治の世界を知ることで、たしかに成長していく。

 この物語で描かれる誘拐事件は現実で起きてもおかしくはない。そんなリアリティが読む者に緊張感を与えるのだろう。魑魅魍魎の政界。政治的な駆け引き。党内での腹の探り合い。官邸からの圧力…。緊迫感あるやりとりは息つく暇も与えない。孫娘を誘拐された政治家はどんな決断を下すのだろうか。犯人の狙いはどこにあるのか。圧倒的な迫力で描き出すサスペンス大作をぜひあなたも体感してみてほしい。

文=アサトーミナミ