インド神話はドロドロだった! 翻訳者が命を落とすいわくの叙事詩『マハーバーラタ』

文芸・カルチャー

2019/5/26

『マハーバーラタ入門―インド神話の世界』(沖田瑞穂/勉誠出版)

 世界各国の神話は、実に興味深い。神話に描かれている神などの超自然的なヒーローや民族・文明の始まりなどを通して、私たちはこの世がどのようにして今の有り様になったのかを知ることができる。

 中でも有名なのが、ギリシア神話だろう。多くの神々が人間のような愛憎劇を繰り広げるギリシア神話には人生の教訓がたくさんある。そんなギリシア神話の世界観が好きな方は『マハーバーラタ入門―インド神話の世界』(沖田瑞穂/勉誠出版)を手に取り、インド神話に触れてみるのもおすすめだ。

 本作は全18巻、約10万もの詩節から成る古代インド叙事詩『マハーバーラタ』を分かりやすく説明したもの。長大な原著を4章構成にし、それぞれ「主節」「挿話」に分け、インド神話の世界を分かりやすく解説している。

 原著は、百科事典のように巨大。そして、外国人が物語を原典から翻訳すると途中で命を落とすという不気味な噂も付きまとっている。実際に、日本でも翻訳中に命を失った人がいたという、いわくつきの書物でもあるのだ。

 物語の主役はパーンダヴァと総称される百人の王子たち。この従兄妹同士の確執が一族の長老やバラモン、英雄たちに波及し、周辺の国々をも巻き込んだ大戦争を引き起こすというのが主なストーリーだ。ハッピーエンドにはほど遠く、登場人物のほとんどが戦争で命を落とし、勝者もやがて死に赴くそう。

 そして、ケルト圏のアーサー王物語や日本のヤマトタケルのように、英雄と武器の分離が描かれているのも原著の特徴だといえる。読み解けば、古代インド叙事詩には世界各国の神話と深い関連があるのだと気づけるのも面白い点。そのため、本書には各神話のページに、似た世界神話が紹介されており、世界各国の神話との類似点や相違点を楽しめるようにもなっている。

 インド神話はギリシア神話に比べると、まだまだマイナーではある。だが、一度覗いてみるとやみつきになる面白さがあるのだ。

■叙事詩から分かる“古代インド人の思想”とは?

 神話にはその民族の歴史が詰まっており、古代人の考えが描かれている。「マハーバーラタ」も同様で、読み解いていくと古代インドの人々がどんなことを恐れていたのかが分かる。

 それを解説しているのが、「蛇供犠(へびくぎ)」という話。この物語は、増えすぎた蛇族を絶滅させるため蛇供犠を行うというもの。これは古代インド人が、人間や動物の過剰な増加を恐れていたことを示している。

 ではなぜ、彼らは人間や動物が増えることに恐怖を感じたのだろうか。その理由も、本書を手に取れば知ることができる。

 原著内の「大地の重荷」には生物が増えすぎると戦争に繋がるという、古代インド人の思想が記されている。「大地の重荷」というフレーズはその後も何度か原著内に登場し、18日間におよぶ大戦争に繋がる描写がある。

 なお、本書には神話の読み解きだけでなく、登場人物についての豆知識や英雄たちの系図などが収録されているのも特徴。この1冊で、従兄妹の戦争物語を主節とした神話や教説、哲学が織り込まれた原著がより面白く読めるようになる。

ここに存するものは他にもある。しかし、ここに存しないものは、他のどこにも存しない。

 そう記されているこの叙事詩は単なるハッピーエンドな物語ではないからこそ、自らの生き様を見直すきっかけにもなることだろう。

文=古川諭香