サッチーがやきもちでへし折った携帯は何台? ノムさんこと野村克也が語る“悪妻”の愛しい想い出

スポーツ・科学

2019/6/16

『ありがとうを言えなくて』(野村克也/講談社)

 ノムさんこと、元プロ野球監督の野村克也ほど、著書の多いスポーツ選手はいないだろう。だが、『ありがとうを言えなくて』(野村克也/講談社)は、氏がこれまで多数出してきた野球理論の本でもなければ、人材育成や組織作りについて語ったビジネス系自己啓発本でもない。2017年12月8日に虚血性心不全で急逝した野村沙知代夫人との思い出について綴った、哀切極まりない1冊である。

■やきもちが原因で破壊した携帯電話は5台!

 サッチーの愛称で親しまれていた沙知代夫人は、毒舌猛女キャラクターとしてテレビのバラエティ番組などで活躍。ある種、現代の悪妻の代名詞ともなっていた。実際、本書で語られている沙知代夫人のエピソードはどれも強烈だ。

 女性から電話がかかってきただけでやきもちを焼いて携帯電話を5台もへし折られたなどというのはまだかわいい話のようだ。野村が南海ホークスでプレイング・マネージャーを務めていた時代、野球のシロウトにもかかわらず、夫の知らないところで球団や選手に対して起用方法やプレイ内容に口を出していたというのは、野球ファンが聞いたらとんでもないと驚くような話である。

 また、後年ワイドショーなどで散々取り上げられたことだが、夫人が5億6千万円の所得を隠したという脱税事件を起こしたことが理由で、野村は2001年に阪神の監督を退任しており、さらに出会ってから30年間、沙知代夫人自身が野村氏に語ってきた彼女の経歴が全部ウソであったことも本書を通じて明らかになってしまうのだ。

■「サッチーはすべて上から目線の女だが、どこかいじらしい」

 このどれかひとつだけでも、普通の夫婦ならば離婚の原因となりかねないものだろう。だが、野村は一度も離婚を考えなかったという。そして本書のなかで、これらの思い出を語るたびに、「そんな沙知代はもういない」、「沙知代だけが自分にとって絶対的な存在だった」とボヤくのだ。

 経歴詐称についても、「沙知代のあらゆる嘘が露見したとき、この女は、そんな嘘までついて私の気を引こうとしたのかと思った。はっきり書けば、私を利用して成りあがろうとしたのだ。浅はかと言えばそうだ。だが同時に、いじらしくも思えた」と、すべて許している。やはり、男女のこと、とくに夫婦のことは当人たち以外にはわからないものである。

 野村曰く、沙知代夫人は「頭を下げるとか、腰を低くするとか、そういうことはすべてどこかへ捨ててきてしまったような女である。すべて上から目線。すべて頭ごなし。地球は自分中心に回っていると本気で思っているのだ。感謝も、謝罪も自分の弱みを人に見せることだと考えていたのだろう。常に強気でいること――。それこそが、彼女の呼吸法だった」という女性であった。そして、そんな彼女だからこそ野村は愛していたのだ。貧しい母子家庭に育った野村氏にとって、沙知代夫人は妻や母であると同時に、父でもあったのかもしれないと野村当人が分析している。

 これほど深く愛していた妻を失ったことで、現在の野村は大きな喪失感を抱いたまま、一日中テレビで野球を観るだけの生活を送っているという。妻に先立たれた夫は平均よりも早死にする可能性が30%も高いというデータもあるので、正直、ノムさんのこれからが心配だ。だが、野村・元監督には沙知代夫人と同じぐらい愛している「野球」という存在がある。どこか男気のある球団が、ふたたび彼に監督就任を要請することを切に願う。

文=奈落一騎/バーネット