犯罪者にだって“見えない痛み”がある――。大型新人による、社会派エンタメ小説『シークレット・ペイン 夜去医療刑務所・南病舎』

文芸・カルチャー

2019/10/3

『シークレット・ペイン 夜去医療刑務所・南病舎』(前川ほまれ/ポプラ社)

 人は誰もが傷を負い、その痛みを抱えながらも生きている。でも、その痛みにどんな“意味”を見出すのかは、人それぞれなのだろう。

『シークレット・ペイン 夜去医療刑務所・南病舎』(前川ほまれ/ポプラ社)を読んで、ぼくはそんな想いを抱いた。

 本作は、2018年に『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』で第7回ポプラ社小説新人賞を受賞し、作家デビューを果たした前川ほまれさんによる、受賞後第1作となる長編小説である。

 舞台となるのは、心身の疾患を抱えた受刑者が収容されている夜去医療刑務所。主人公はそこでの外勤を命じられた精神科医・工藤守だ。

 工藤はとても正義感が強く、そこで出会う数々の受刑者に対し、嫌悪感を持つ。税金を使い、犯罪者を治療することになんの意味があるのか。罪の意識が薄い受刑者を救わんとする行為が、なににつながるというのか。医師として、そして犯罪を憎むひとりの人間としての葛藤の間で揺れ動く。

 そんな工藤の前に現れた、ひとりの受刑者・滝沢。彼は工藤の友人だった。いじめられっ子だった工藤と親しくしてくれていた滝沢が、いまこうして犯罪者として目の前にいる。しかし、工藤は動揺も見せず、旧来の友人としてではなく、ひとりの医師として冷酷に接する。滝沢はもう友人ではなく、自身の患者であり、凶悪な犯罪者なのだ。そう言い聞かせるように。

 ところが、あるとき見つかった滝沢の重い病。それを機に、工藤と滝沢の関係は徐々に変化していく。ひとりの医師としてではなく、友人としてなにができるのか。罪を償わせるのと同時に、彼に残りの人生をどう生きてもらいたいのかを考えていくようになる。そして、工藤もまた、過去に犯した罪と向き合っていく――。

 タイトルにもあるように、痛み(ペイン)は本作を読み解くうえで非常に重要なテーマである。登場する人物は、それぞれになんらかの痛みを抱えている。それは贖罪のために必要なものであったり、呪いのように自分と過去とを縛り付けるものであったり、あるいは一生忘れられない傷跡であったりと、さまざまだ。しかし、人は痛みから目をそむけていては、決して前に進めない。たとえ心が壊れてしまいそうなほどの痛みだったとしても、向き合い、克服することでやっと一歩踏み出すことができるのだ。

 受刑者を診察する工藤の日々の描写の合間には、工藤と滝沢との幼少期のエピソードが挿入される。それを読んでいると、胸が痛む。僅かなボタンの掛け違いから、人生はこんなにもつらいものになってしまうのか、と。そして、それを乗り越えようとする工藤の姿に、感動を覚えるだろう。

 デビュー作『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』の刊行インタビュー時、前川さんは「人の営みが書きたかった」と話していた。その想いは、本作にも見事に表れている。

 医療刑務所というと、一般の人からすればまるで“異世界”のように映るかもしれない。なかには、「犯罪者なんて、ふつうの人間ではない」と思う人もいるだろう。

 けれど、彼らもぼくらと同じ人間なのだ。もちろん、罪を犯したことは許されない。平気で他者を傷つけられる気持ちを理解することは難しい。それでも、彼らには彼らの痛みがあり、それを抱きながらもがいている。医療刑務所という“異世界”のなかにも、たしかに人の営みがあるのだ。

 時折、行き過ぎた“正義感”が問題視される現代。過ちを犯した人間は、途端に断罪されてしまう。けれど、本当にそれでいいのだろうか。前川さんが本作で描いたように、どんな人間にも痛みはある。それが彼らを凶行に走らせてしまうこともあるだろう。だからこそ、ぼくらは想像力を働かせ、その見えない“シークレット・ペイン”を見極めなければいけないのではないか、と思うのだ。

文=五十嵐 大