悲劇的な人生に涙。過酷な運命に屈しない偉人たちに学ぶ、理不尽な世を生き抜く力

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/14

泣ける日本史 教科書に残らないけど心に残る歴史
『泣ける日本史 教科書に残らないけど心に残る歴史』(真山知幸/文響社)

 歴史ものに限らず、映画やドラマで描かれるサクセスストーリーの中で丁寧に描かれるのは、登場人物の葛藤や悲しみの部分だろう。偉人の類まれな発想や、常軌を逸した執念は想像がつかないという普通の人でも、別れや裏切りなど予期せず訪れるつらい出来事には感情移入しやすいからだ。本書『泣ける日本史 教科書に残らないけど心に残る歴史』(真山知幸/文響社)は、歴史上の人物の悲劇的な物語を通して、そんな読者の共感と発見を生む1冊だ。

 本書の著者は、『ざんねんな偉人伝』や『ざんねんな歴史人物』など、ユニークな視点で歴史を語る、著述家の真山知幸氏。教科書や歴史物語ではあまり取り上げられない、偉人の過酷な運命にスポットをあてている。強い意志で権力と戦ったものの悲しい最期を迎えた者、絶望的な状況でも希望を捨てずに大切なものを守り抜いた者など、19人の生きざまを、彼らの言葉を交えながら物語として伝えている。本書のタイトルは「泣ける日本史」ではあるが、どのエピソードも、涙が出るというより、むしろ身が固まってしまうほどのインパクトを持つほど過酷だ。

 たとえば、江戸時代後期に西洋医学を学んだ高野長英は、34歳のとき、著作で幕府の対外政策を批判。捕らえられ無期禁固刑となるが、牢獄の劣悪な環境でも学ぶ希望を捨てずに努力し、囚人たちを監督するポジションに就くなど、信頼を得る。しかし牢屋の火事をきっかけに、学問を究めたい一心で脱獄。顔に硝酸をかけて人相を変えるなどして逃亡を続けるが、46歳で捕らえられ、護送中に死亡してしまう。逃亡中には、「私はこれから東洋一の人物になりたい」という夢を詩にしたためていたという。

advertisement

 江戸時代中期に加賀藩の家臣として財政を担った大槻伝蔵は、歌舞伎や小説の題材として有名な「加賀騒動」の登場人物だ。物語上では、策略の末に出世を果たし、藩主を毒殺した稀代の悪役として描かれている。しかし実際には、毒殺したという史実はなかったどころか、若い頃から仕事に打ち込んだ結果、評価されて出世したのだという。出世に嫉妬した加賀藩主前田家の分家筋・前田土佐守家5代目の前田直躬が、伝蔵の悪い噂を吹聴するなどして貶め、伝蔵は自害へと追い込まれた。

 そのほかも、家族や大事な人の命が権力によって奪われたり、野望に燃えるも利用されて切り捨てられたりと、ショッキングなエピソードばかり。7歳で婚約した織田信忠を思い続けるも会うことがかなわず「信松尼」として出家した松姫、人のために商売に打ち込み成功したが、庶民の嫉妬を買って死に追いやられた銭屋五兵衛、明智光秀の娘で、絶望的な状況でも凛として生き抜いた細川ガラシャなど、苦境にも堂々と生き抜いたその姿に圧倒される。彼らに共通するのは、意志が一貫していたこと、そして理不尽な目にあっても行動を続けたこと。大切なものを失っても、残ったものを守り生き続けるしかない――そんな姿が、ちょっとつまずいただけで動けなくなってしまう現代人に喝を入れてくれるかのようだ。

 仕事がうまくいかなかったり、やりたいことが思うように進まなかったりしたとき、いつも自分にはどうにもできない何かのせいにしてしまってはいないだろうか。本書を読むと、そんな思いに至る。今と比べ物にならないほどの理不尽な出来事にすら立ち止まらない偉人たちを前に、言い訳ばかりの自分の生き方を見直したくなる1冊だ。

文=川辺美希

あわせて読みたい