話題作『消えたママ友』の作者・野原広子さんと編集者・松田紀子さんが対談! 40歳過ぎでのデビューから作品裏話まで

マンガ

更新日:2020/8/1

編集者として大切にしている二つのこと

――松田さんが編集者として野原さんの作品作りに関わる際に大切にしていることはありますか?

松田:二つあって、一つは野原さんのリズムをなるべく崩さないこと。初期の頃はいろいろと相談しながら進めていましたが、ここまでベテランになられると野原さんが独自に生み出される間や構図があるので、なるべくそれを尊重しつつ、もっと演出的に映えるように工夫しています。野原さんが描きたいと思っているけど、あと一歩表現が足りないな、というところの手助けをする感覚でネームに赤入れをしています。

野原:『消えたママ友』の時も、このシーンではお弁当のカットを入れたほうがいいとか、ここでツバサくんのニヤッとした顔が欲しいとか、赤入れしていただきました。

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『消えたママ友』赤字入りのネーム

松田:もうひとつは、キャラクターのセリフが説明調にならないようにすること。コミックエッセイの作家さんに多いのですが、せっかく絵で表現できているのに、セリフでいろいろシチュエーションを言わせようとしちゃうんですね。説明しすぎるとかえって物語に入り込む余地がなくなってしまうので、あえてセリフを削ることは多いです。

――二人三脚な感じが素敵ですね。

松田:とはいえ、ほぼ野原さんの力ですけどね。物語を作るのが非常にお上手だし、「あー!そういうこと言う夫っているいる!」と、絶妙にイラッとするセリフを言わせてくるので毎回唸ってます(笑)。

少しのリアルを混ぜながらフィクションを作る。『消えたママ友』裏話

――『消えたママ友』の制作裏話があれば伺いたいです。

野原:『消えたママ友』の連載開始当初は私、既婚者だったんですけど、途中で離婚して私自身が有紀ちゃん状態になっちゃいました(笑)。

松田:野原さんが消えちゃったんですよね。

野原:はい。離婚して私が引っ越したことで、仲良くしていたママ友同士の間にも関係性の変化があったらしいんです。それを後から聞いて作品に盛り込んだりしました。

『消えたママ友』

――絶妙にリアルも交えながら、フィクションを作っている感じなんですね。

野原:そうですね。長く生きているといろんなことが身の周りで起きるので、見てきたことも体験してきたことも、「あ!これ使えるな」っていう瞬間があって。

松田:作家さんの図太いところですよね(笑)。私そういうの大好きなんですよ。災難が降りかかっても、これは使えるって思うと苦労も苦労にならないという。

野原:『消えたママ友』も、実際にママ友で苦労した経験がなければ描けなかった部分は多いです。

『消えたママ友』より

松田:渦中にいすぎると見えない部分もあるから、野原さんのように子どもも成長されて当時の出来事を俯瞰で見ることができるようになったくらいが一番描きやすいのかもしれないですね。実体験をベースに、他の人の意見もブログやツイッターで検索すると、山のように事例は上がってくるので、それを紡ぎ合わせる感じですよね。

野原:今は普通の人でもネットでいろいろ吐き出してますからね。面と向かって話すよりもネットの方が自分をさらけ出しているので、すごく参考になるんですよ。

松田:例えばツイッターでバズってる夫の悪口に鬼のようにリプが付いてたりするじゃないですか。そのコメントを全部チェックします。

一同:笑

松田:意味不明なリプもあるし、本質を捉えているリプもあるし、全くお門違いなリプもある。ひとつのつぶやきでこんなに多種多様な反応があるんだと思うとすごく感慨深いです。強い言葉で自分の欲求や本性をぶつけている場面に遭遇すると、その言葉をなにかに使えないかなと考えたりもします。

夫へのリアルなイライラを思い出しながら「離婚」を描く

――野原さんは離婚するまで旦那さんに内緒で作家活動されていたそうですね。

野原:私が何かを描いてるのは知っていましたが、作品を見せることはなかったですね。お互いの仕事に口を出さないというスタンスでしたし、余計なことは知らなくてもいいかなって。わざわざ自分からは言わなかった感じです。

松田:旦那さんは最後まで知ることなく離婚されたんですか?

野原:はい。でも夫だけじゃなくて息子も母の仕事を知らないんです。それは、さくらももこ先生の真似をしたっていうか(笑)。

松田:自分がちびまる子ちゃんの作者だと息子さんに話さなかったというエピソードですね。野原さんの息子さんは「お母さんなんかずっと机に向かってるな」って思ってたでしょうね。

野原:他にもイラストの仕事をしているので、そっちで忙しいと思われてるんじゃないでしょうか。

松田:なるほど。野原さんはあまりご家族にお話をされていないというのは知っていたので、ご自宅への郵送物が「野原広子」名義で届かないようにしてましたね。

野原:その節はお気遣いいただきありがとうございました(笑)。

――作品のテーマとして「離婚」を描かれているなかで、ご自身の離婚もなにか関連があったりするのでしょうか?

野原:たとえば『離婚してもいいですか?』の翔子は心の底から離婚したいと思ってるじゃないですか。でも私自身はすでに心の葛藤を超えてむしろ落ち着いている時期に描いたので、イライラマックス時の感情を思い出すのが大変でした。小さいお子さんを育てている30代半ばくらいの妻達の夫への憎しみってすごいじゃないですか。自分もそういう気持ちがあったのですが、忘れかけてたので当時のテンションを思い出しながら描きました。

松田:感情の起伏が少ない翔子をもっと絶叫させるように赤入れしたのは私のほうでしたね。感情を爆発させた方が読んでいる方はスッキリするから、ここで翔子をブチ切れさせましょうとかって。当時は私の方がより夫への不満が生々しく残っていたんで、それを翔子に言わせた感じはありますね(笑)。

『離婚してもいいですか? 翔子の場合』より

野原さん作品のレビュー欄が「自分の思い」をさらけ出す場所に

――集英社のよみタイで連載中の『妻が口を聞いてくれません』が、ツイッターでバズっていますね。

野原:そうらしいですね。めちゃくちゃバズってるよって人から聞きました。

松田:でも野原さんは一連のツイートは読んでないんですよね。

野原:はい。作品への批評はあえて読まないようにしています。いろいろな反響があると思いますが、描く側としてはそこに引きずられてはいけないと思うので。

松田:一切影響を受けまいとする姿勢が野原さんの素晴らしいところです。普通ならバズってると聞いたらつい覗きにいっちゃいますし、そこで見るものは必ず書き手側に刺さってきてしまう。担当編集としては作家さんの制作環境に悪影響を与えないためにどうすべきか考えたりするんですけど、野原さんの場合はご自身で一切触れようとしないので、ある意味ラクなんです(笑)。

野原:SNSに疎いというのもあるんですが、かえってそれがいいのかも。メンタルが弱いので下手に読んだりすると落ち込みそうです。

松田:ただ今回の『妻が口を聞いてくれません』のバズり方もそうですけど、野原さん作品のアマゾンや楽天のレビューを見ると、作品の話はさておいて、みんな自分の話を語りだしちゃうという現象が起きてるんですよ(笑)。野原さんが描かれた「離婚」「夫婦」「ママ友」というテーマを軸にしたコミュニティのようになっていて、読者が思い思いに自分の話をさらけだしてる。この作品がそれぞれの人の立場で、それぞれの人の口で語りたがられる内容なんだなと思って見ています。

野原:そんなことになってんたんですね…。

松田:そうやって読者の人生がさらけだされているのを見ると、野原さんの作品の可能性を改めて考えさせられますよね。「さらけ出す場所を与えた」というところが、書籍としてのひとつの到達点なんじゃないかと思うんです。

――最後に今後の作家活動で挑戦したいこと、描いてみたいことなどがあれば教えてください。

野原:毎回これが最後かなと思いつつ、松田さんから面白いテーマがもらえると、やっぱりチャレンジしたくなるんです。描いてもいいよと言っていただけるうちは描き続けたいですね。

松田:今、新作を準備していて、タイトルを考えたりしているところなんです。またちょっと違った方向に持っていきたいと構想中ですが、そういうのを考えているときが一番面白いですよね。必ず、野原さんが打ち返してくれるので。

野原:松田さんに投げてもらえるのなら全力で打ち返しますよ!

松田:ありがとうございます。これからもよろしくお願いします!

――野原さんと松田さん、そして周囲の人々やネットで拾った声など、いろいろな人のリアルな感情を紡ぎ合わせて生まれるひとつの作品。登場人物たちについ感情移入してしまうのも納得ですね。これからも野原さんと松田さんの黄金タッグが世に送り出す作品から目が離せません。

取材・文=宇都宮薫