ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【9月編】

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/20


一貫して信念を持ち続ける薪の言動に、初心を思い出させられた『秘密 season0 10』(清水玲子/白泉社)

『秘密 season0 10』(清水玲子/白泉社)
『秘密 season0 10』(清水玲子/白泉社)

 死者の脳をスキャンして映像化し、犯罪捜査を行う――そんな“夢の捜査方法” である「MRI捜査」の運用が始まった近未来を描く『秘密』シリーズ。第一作が1999年に少女雑誌『MELODY』に掲載され、以来22巻(新装版含まず)が刊行され、映画化やアニメ化もされている。「MRI捜査」をする研究室の怖くて美麗な室長・薪(まき)と、お人よしで実直な新人捜査員・青木を主人公に物語は進む。

 冒頭で“夢の捜査方法”と書いたが、もちろん一筋縄でいくわけはなく、脳から見える映像はまさに「素」の個人情報であり、プライバシー、人権、タブー、モラルとのぶつかりあいは多い。そして犯罪に関わる部分は見る者の精神にも触れる。捜査員はそういった清濁を併せ呑み歯を食いしばりながら文字通り“人の頭を覗き”、犯人や事件解決の糸口を探っていく。

 8巻から続く「悪戯編」が完結するseason0の10巻。読む者の倫理や考え方を問うように感じられていた今までのテーマの中でも殊更に、今回の事件は自分自身も何を信じてどう行動したらいいのかわからない中読み進めた。考慮しなければいけなそうな要素が沢山ある、憂慮しなければいけない事態がいくつもある、頭がこんがらがる……。そんな中、事実を第一に、でも感情を持つ“人間の心”を忘れない薪の強さと温かさに、また青木の底なしの善性と情愛に、「難しく考えるより、人として大事なものをまずは見よう」と思わされた。事件の凄惨さが増せば増すほど、人間の心について考えさせられてしまう。その点に於いて、これは単なるフィクションではない、人間の物語だ。

遠藤

遠藤 摩利江●最近本棚を飛び出して部屋のいたる所でタワーになり廊下やトイレにも積んでいる本の収納について頭を悩ませまくり、本棚ばかり探しています。図書館の移動式の棚っておいくらくらいするんでしょうね……まず賃貸では無理ですかね……。


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感動満載だけど、共感や感動がなくとも知ろうとしたい『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』(ブレイディみかこ/新潮社)

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』(ブレイディみかこ/新潮社)
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』(ブレイディみかこ/新潮社)

 大ヒットした前作『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を、社内でプレゼンする機会があったとき、私はほとんど涙声になってしまっていた。社会人としてはだいぶ恥ずかしい限りなのだが、それほどに心動かされ、さまざまなことを考えるきっかけをもらい、気がつけば著者のブレイディさんに何度か取材をするチャンスもいただき、続きを読むために『波』を購読するまでになっていた。

 そして、待ちに待った続編の書籍化。しかし、曇りがない言葉で社会の矛盾をズバッと指摘してみせ、かと思えば青い理想を口にするでもなく冷静な視点を持ち合わせる息子くんも、13歳。母親のブレイディさんに、学校で起きたことのすべてを話す年ごろではなくなりつつある。そんななかでも、前作に続いて、息子くんのおなじみの同級生をめぐる出来事や変化には、嗚咽し、鼻をすすりながらの読書になってしまった。特に前作で女性器切除についてゴシップと紙一重の心配をされていたアフリカ出身の女の子が、すばらしいシンガーとして登場するシーンの感動たるや…。ティーンの可能性への羨望と、時には対話をする相手をあきらめないことの大切さをひしひしと感じた。

 本作でも息子くんと祖父(ブレイディさんの父)との交流シーンはちゃんとあり、こちらも泣かせに来る! とはいえ、社会に存在するあらゆる問題が、「無知」「無関心」から起きているのでは、と思えば、「心を動かされる」から「共感するから」といって関心を持ち、行動するきっかけにするのでは足りないのかもしれない。共感や感動がなくとも知ろうとすることからはじめてみたい。

宗田

宗田 昌子●毎年9月になるとアレルギー症状が現れる。なので私はコロナ禍ではなくても、夏以外はほぼマスクのお世話になっていた。使い捨てマスクもティッシュのお気に入りも、何年もほぼ変化なし。大人になると自分に合うものがわかってくる反面、新しいものにトライする機会も気力も減ってしまいがち。ティッシュから冒険するのもありかもしれない。


青山さんの小説が「奇跡」を運んでくる理由を考えてみた。『月曜日の抹茶カフェ』(青山美智子/宝島社)

『月曜日の抹茶カフェ』(青山美智子/宝島社)
『月曜日の抹茶カフェ』(青山美智子/宝島社)

『お探し物は図書室まで』で2021年本屋大賞の2位を受賞した青山美智子さんの最新作。累計23万部を突破し、ロングセラーとなっているデビュー作『木曜日にはココアを』の続編だ。1年で二度も青山さんの新刊が読めるなんて、僥倖である。

 以前『お探し物~』を本欄で紹介した際に、青山さんの本が好きな理由を「ささやかな奇跡を体験させてくれること」だと書いたが、12編からなる『月曜日の抹茶カフェ』でもビックリするような奇跡が、最初の1編で訪れた。同時に、青山さんの本が「奇跡」をもたらすのはなぜだろう、と考えた。別に自分だけ特別な体験をしているわけではなく、『ココア』からずっと、多くの読者が「奇跡」と出会っているのかもしれない。だから青山さんが紡ぐ物語は、広く愛されるようになったのではないか、と。

 近日公開予定の『月曜日の抹茶カフェ』のインタビューで、青山さんは「作家と読者はひとつの作品を通して常にマンツーマン、一対一なんだ、ということを忘れずにいたい」とおっしゃっていた。この言葉は衝撃的だった。ジャンルは違うけど、自分は長く音楽の仕事をしていて、聴き手と「一対一」の関係性が築けている表現は素晴らしいと、常々感じている。だけど、小説を、そのような意図を持って書いているという話は、初めて聞いた気がする。書き手と読み手が、活字を通して結ばれる、密接で温かなコミュニケーション。そこに普遍性が生まれ、「あ、これ自分のことかも」と感じる事象が舞い降りる。これほど豊かな読書体験はないと思う。

清水

清水 大輔●編集長。今月よく聴いたのは、絶望系アニソンシンガー・ReoNaの『月姫 -A piece of blue glass moon- THEME SONG E.P.』。ReoNaは聴き手との「一対一」を掲げていて、新譜が出るたびに驚きをくれる。何かと「一対一」を意識する1ヶ月でした。