ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【10月編】

文芸・カルチャー

更新日:2021/10/17


主人公の躍動と信念に血が沸くほど興奮する!『墨攻(ぼっこう)』(森 秀樹:画、酒見 賢一:原作、久保田千太郎:シナリオ協力/小学館)

『墨攻(ぼっこう)』(森 秀樹:画、酒見 賢一:原作、久保田千太郎:シナリオ協力/小学館)
『墨攻(ぼっこう)』(森 秀樹:画、酒見 賢一:原作、久保田千太郎:シナリオ協力/小学館)

 時は戦国時代の中国。大国が敵国の小城を落とそうと、迫ってきていた。城主はこの絶体絶命の局面を乗り越えるべく、反戦を謳う城邑(じょうゆう)防衛戦のエキスパート集団である「墨家」に助力を要請し、今か今かと待っていたが、現れたのはなんと、たった1人の男だった――。そんな緊迫感あふれる状況から始まるこの物語は、酒見賢一氏の同名小説を森秀樹氏が作画、久保田千太郎氏がシナリオ協力し漫画化したもの。日中韓合作・アンディ・ラウ主演で映画化もされている。

 主人公は小城に1人だけでやってきた革離(かくり)。最初はみすぼらしい男が1人来て、いったい何になるのか! と周囲に蔑まれるものの、その戦感覚、防衛のための技術は超一流。途中、戦争の激しさやむごたらしさ、人間の業の描写に読んでいて苦しくなる場面もあるが、革離が知識と手腕で戦況をひっくり返していくさまは爽快で、どんどん周囲の信頼を勝ち取っていき、こちらもそのどんでん返しぶりに感心して惚れ惚れしてしまう。

 しかし、大軍を相手に一筋縄でいくわけもなく。そしてなぜたった1人で死地へやってきたのか、その真相を知ると革離というキャラクターが、途端に生々しさを増す。多くを語らず、自らも傷つきながら淡々と人を守る革離。ヒーロー視していたが、彼も魔法使いなどではなく、“無力な”1人の人間だった。ただ、残酷な時代に信念のみを胸に抱いて歩みを止めないでいるだけなのだ。兼愛、非攻は崇高だが、貫くにはつらすぎる。しかし、どうにかそのままで在ってほしい、と最後までページを繰る手が止められない。

遠藤

遠藤 摩利江●この作品自体は子どものころから読んでいるのですが、改めて調べてみたら「実は押井守氏によるスタジオジブリでの映画化構想があった」という話を目にし……。み、み、見たい!! あー!! その世界線、どこかに存在していないですかね……恐らく死ぬまで何度も「見てみたかったなぁ……」とつぶやいている気がします。


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覚えのある感情と未知の展開の驚きを同時に味わえる『六人の噓つきな大学生』(浅倉秋成/KADOKAWA)

『六人の噓つきな大学生』(浅倉秋成/KADOKAWA)
『六人の噓つきな大学生』(浅倉秋成/KADOKAWA)

 本作を読んでいると、遠い過去である就職活動の日々が脳裏に一気に舞い戻ってきた。自分の価値がさっぱりわからなくて、やりたいことはそれなりにあるけれど自信は皆無。就活マニュアルを読んでもさらに落ち込むばかりで正直うまくいかなかった。

 登場人物の6人はそれに比べたらずいぶんと優秀だ。なんといっても人気企業の初の新卒採用の最終選考に残った面々だ。私の時と違ってネットでの情報収集も完璧なのだろう、企業の人事に好印象を与える行動など憎らしくなるくらいうまい。だからなのか、仲間だった6人が、たったひとりの内定者という立場を争うことになり、さらに、グループディスカッション中に“犯人”によりひとりひとりの罪が告発されていく流れにはゾクゾクしてしまった。

 社会人経験もない学生の“価値”を、数回の面接やグループディスカッションで決める、というのは、なんと不確定要素の多い方法なのだろう。現代パートでわかる内定者以外の者の現状は、厳しいものが多いように感じた。やはり就活には人生がかかっているのだ。

 物語は読者の予想を気持ちよく裏切り、伏線が見事に回収され、満足感が残る。と同時に青春ものを読んだような甘酸っぱさもあった。きれいごとばかりでは勝ち抜けない就職戦線に、尋常ではいられない精神状態で臨む学生たちが直面した、とんでもなくイレギュラーな事態。面白さがいつまでも消えない作品だ。

宗田

宗田 昌子●まもなく開催される世界体操。北九州は懐かしい場所でもあるのでぜひ行きたかったのだが、諸事情で断念。東京五輪の興奮を今度こそ生で味わいたかった…。自宅で全力応援します。


濃すぎる4人の名探偵の推理合戦に、興奮しっぱなし。『推理大戦』(似鳥鶏/講談社)

『推理大戦』(似鳥鶏/講談社)
『推理大戦』(似鳥鶏/講談社)

 ミステリーには、いろいろな楽しみ方がある。張り巡らされた伏線を読み解いたと思ったら驚きの結末に遭遇し、鮮やかなトリックに唸らされる。あるいは、事件に挑む探偵役のキャラクターの人物像を満喫する。どちらも兼ね備えていたら最高!なのだが、似鳥鶏さんの最新刊『推理大戦』は、まさにそんな作品だ。

 本作には、ルーツや個性の異なる4人の名探偵が登場する。アメリカからは、AIを駆使するフリーのエンジニア、シャーロット・パウラ・ティンバーレイク。ウクライナの「クロックアップ探偵」、ボグダン・ユーリエヴィチ・コルニエンコ。日本からは警察系の訓練士・高崎満里愛。100パーセント嘘を見抜いてしまうというブラジルの少年、マテウス・リベイロ。前半は、名探偵たちの「地元」でのエピソードが描かれ、彼らの尋常ならざる能力が明らかになっていく(随所に挟まれる、ご当地のカルチャーを解説した似鳥さんならではの「注釈」も楽しい)。それぞれが長編作品で主人公を張れそうな最強の名探偵である彼らのキャラクターは、濃厚かつ魅力的で、読んでいて常にワクワクさせられる。後半では、彼らが北海道に集結し、「聖遺物」をめぐって推理合戦を繰り広げてゆく。

 ダ・ヴィンチニュースのインタビューで、似鳥さんは「ミステリ界広しといえども、日本でこれを書けるのは私くらいでしょう」とおっしゃっていたけれど、おそらくほぼすべての読み手がその言葉に納得するであろう、圧倒的な物量感で楽しませてくれる『推理大戦』。個人的には、ウクライナのボグダンのスピンオフを期待したい。

清水

清水 大輔●編集長。今月、もう1冊のお気に入りが、女優・上白石萌音さんによる初のエッセイ集『いろいろ』。ダ・ヴィンチニュースだけの特別書き下ろしエッセイも提供していただいた特集記事(https://ddnavi.com/iroiro/)、ぜひご覧いただきたいです。