『三千円の使いかた』『カムイ外伝』『赤と青とエスキース』編集部の推し本6選

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/22


『カムイ伝全集 カムイ外伝』(白土三平/小学館)

『カムイ伝全集 カムイ外伝』(白土三平/小学館)
『カムイ伝全集 カムイ外伝』(白土三平/小学館)

 漫画家の白土三平さんと、同じく漫画家の弟・岡本鉄二さんが亡くなった。このニュースはかなり衝撃的で、見出しを見て声をあげてしまった。連載開始から60年近く、未完となった『カムイ伝』に出会ったのは、小学生のころ。父の本棚に並ぶナウシカや手塚治虫作品を読み終わって、その勢いで手に取った。それまでに読んだ本で社会問題などには少し触れていたものの、『カムイ伝』はがっつり日本を舞台にした、未だ読んだことが無いテーマと内容で、ぐるぐると考え込んで誰かと話したく、友人に聞いてみたが30年近く前の漫画を読んだことがある人はいなかった。主人公のカムイが気になってしかたがなく、しばらく経って『カムイ外伝』を手に取って、か、カムイだけの話を濃密に読める本があったのか! と夢中で読んだ。

 舞台は江戸時代。身分制度に抗ったカムイは、実力主義の忍の世界にはいる。高い能力を持っていたカムイだったが、しかし、そこでも理不尽な仕組みや掟からは逃れられず、抜け忍となって追っ手から逃れつつ放浪の旅を続ける。残酷な描写も多い上にカムイ自体に途中衝撃的なことが起こり、心が一度砕かれるが、孤独に我が道を征くカムイがどうにか安寧を手にすることができないか、願ってやまなかった。権力者がやることがいつも正しいとは限らない。人は一人ひとりが尊い命である。そんなことを、壮大なスケールで描かれる2作から学ばせていただきました。おふたりのご冥福をお祈り申し上げるとともに、感謝を申し上げます。

遠藤

遠藤 摩利江●緊急事態宣言が明けたため、実際行けるかは別として遠出がしたい! と行き先を探しているのですが、約1年半引きこもっていたのでどこから行ったらいいものか……。大塚国際美術館や養老天命反転地や大室山や(過去に行ったことがある)知床リベンジやしまなみ海道に五島列島、見たいものは日本中にあるなぁと改めて実感しています。


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人生を豊かにするのはお金と人間関係?『三千円の使いかた』(原田ひ香/中央公論新社)

『三千円の使いかた』(原田ひ香/中央公論新社)
『三千円の使いかた』(原田ひ香/中央公論新社)

 お金の不安があるのとないのとでは、生きづらさに大きな差がある、というのは多くの人の実感だろう。仕事の状況や自身の健康などにより、先々の不安を抱えることも考えれば、それなりに貯金もしておきたい。

 本書に登場する4人の女性と1人の男性は、おもしろいほどお金に対するスタンスはバラバラだ。にもかかわらず、貯金額やお金の使い方と向き合うことで、皆一様に自分や大切な人の未来を考え、現状をほんの少しずつ改善していく。家計簿をつける目的が、反省を促すことではなく未来をプランニングすること、という内容には目からうろこだった。

 各世代の女性たちが、お金や節約問題とともに、家庭での女性の在り方に悩んだり、高齢になってから働くことで家族をざわつかせたり、夫の稼ぎが少ないことへの友人たちの本音にショックを受けたり、とぶち当たる問題が世代ごとにグラデーションがあるのもとてもリアル。各話に登場する節約方法も実用的で、登場人物のひとりが直面したお金の問題の解決法も現実的だからこそ、物語への没入度が大きかった。

 一方で私がもっとも魅力を感じるのは、いわゆる“クズ”男ともいえる安生とおばあちゃんである琴子のほほえましい“友情”。矢部太郎さんの『大家さんと僕』にも感じた憧れの関係だ。現実にはアラフォーの男と70代のおばあさんが仲良くなる機会は少ないかもしれないが、お互いを絶妙な距離感で思いやる人間関係が、お金がテーマの物語にあたたかみを与えてくれていたように思う。人生を豊かにするのは、お金であると同時に他人への寛容さとわずかなおせっかいなのかもしれない。

宗田

宗田 昌子●念願の本棚を買いました! 複数のケースにつめこみ積まれていた書籍たちが、背表紙を堂々と見せている姿に感涙……! マンガ以外は紙の書籍派なので、今後は本棚をより魅力的にすることに精を出したい。


読者と「一対一」で向き合うからこその進化。『赤と青とエスキース』(青山美智子/PHP研究所)

『赤と青とエスキース』(青山美智子/PHP研究所)
『赤と青とエスキース』(青山美智子/PHP研究所)

 9月に『月曜日の抹茶カフェ』を紹介した際、「1年の間に二度も青山美智子さんの新刊が読めるなんて、僥倖である」とか言っていたら、「1年ちょっとの間に3冊」になった。僥倖どころか、ハッピーすぎる。

 青山さんの最新作、『赤と青とエスキース』の帯には、「新境地にして勝負作!」「二度読み必至!」と記されている。どちらも、文字通りに受け取ってOKだ。優れたミステリを称して「唸る」ことがあるけど(本作はミステリではない)、オーストラリアのメルボルンで描かれた1枚の絵をめぐり、時間を超えて映し出される登場人物たちの、人生のありように惹かれる。全編を通して散りばめられた仕掛けがつながってゆくカタルシスは、活字媒体である小説ならでは。もう最高である。

 自分は青山さんの小説をすべて読んできたガチのファンであって、愛すべき短編が織り成していく「ささやかな奇跡」が大好きだっただけに、これまでとやや手触りの異なる『赤と青とエスキース』を読み進めるうち、多少の戸惑いはあった。しかしそこは、「作家と読者は常にマンツーマン、一対一」と考える、青山さんの作品。読者の手を引きながら、心地よい読者体験へと誘ってくれる。そこにいささかの力強さを感じるのは、読み手と真摯に向き合い続けてきた青山さんだからこその進化なのだろう。

 この人の作品は、今よりももっと広く、長く、深く読み継がれていく。『赤と青とエスキース』は、そんな確信を抱かせる傑作だ。

清水

清水 大輔●編集長。緊急事態宣言が解除されて、以前から計画していた沖縄へ。『赤と青とエスキース』は、那覇空港で購入し、帰りの機内で一気読み。本作は、時間だけでなく、物理的な距離を超えて紡がれる物語だけに、より心に響いた。旅のお供にもオススメです。