高校生探偵、やる気ゼロでも難解事件をサックリ解決!?「面倒くさい」が口癖な彼の切ない過去【書評】

文芸・カルチャー

更新日:2025/5/19

無気力探偵〜面倒な事件、お断り〜[完全版]
無気力探偵〜面倒な事件、お断り〜[完全版]楠谷佑/マイナビ出版

 探偵がいつだってやる気に満ちあふれているとは限らない。ときには無気力で何もしたくない時だってあるはずだ。できるならば事件になんて関わりたくないし、推理だってしたくない。だけれども、そんな時にこそ、事件は発生し、優秀な探偵はそれに巻き込まれていく。

無気力探偵〜面倒な事件、お断り〜[完全版]』(楠谷佑/マイナビ出版)は、そんな前代未聞の探偵の姿を描くミステリ。「本格ミステリ・ベスト10」(原書房)にランクインした『案山子の村の殺人』(東京創元社)で知られる楠谷佑の伝説的デビュー作に加筆修正、番外編が追加され、完全版として復活した1冊だ。

 主人公は高校生の霧島智鶴。類まれなる推理力・洞察力を持ちながらも、めんどくさがりな性格が災いし、毎日を無気力に過ごしていた彼はある日、下校途中で刺殺体を発見してしまった。その事情聴取で出会ったのは、落ちこぼれの刑事・熱海。すでに容疑者に目星をつけていた熱海は「犯人は捕まったも同然」と上機嫌だが、その人物は、智鶴の推理した犯人像とはかけ離れていた。熱海は、智鶴の指摘に大慌て。「早く帰りたい」と思っている智鶴にさらなる推理を頼み込むのだ。

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 あまりにもダメダメな刑事・熱海をはじめとして、同級生の腐女子・揚羽や、どこからどう見ても女の子なのに実は男の子という後輩・柚季など、この物語に登場するキャラクターは個性豊か。智鶴は「探偵だの謎解きだのに興味はない」のに、周囲の人たちは彼を頼って次々と事件を持ち込んでいく。ダイイングメッセージの謎、豪邸にある壺のすりかえ、誘拐、脱出ゲームでの事故……。魅力的な謎の数々にミステリ好きならば、思わず、犯人当てに挑戦したくなることだろう。だが、無気力探偵・智鶴のやる気はなかなか上がらず、その姿が何ともおかしい。「早く終わらせて、早く帰るのが一番」と仕方がなく推理を始めても、「気の済むまで調べたらいい」と言われれば、「いや調べませんよ、なに言っているんですか。面倒臭いですよ」なんて言い返すのだから、思わずクスッと吹き出さずにはいられない。けれども、どんなにものぐさでも、自ら動こうとしなくても、あれよあれよという間に事件を解決してしまうのだから、智鶴の実力は確か。ちりばめられた伏線、意外すぎる真相にあっと驚かされてしまう。

 それにしても、どうして智鶴はこんなにも無気力なのだろう。それにはどうやら3年前のある事件が関係しているらしい。過去の事件が明かされるにつれ、その切なさに胸がギュッと締め付けられる。そうか、智鶴の無気力さも、警察への反抗心も、父親との不和も、原因は過去にあったのか。——そう、この物語は、無気力探偵とその仲間たちの姿をコミカルに描き出すだけではない。その過去に何があったのかをもじっくりと描き出し、無気力探偵の胸の内に迫っていく。コミカルさとシリアスさのバランスが絶妙。だからこそ、ページをめくる手が止められないのだ。

 未だかつて見たことがないほど無気力な探偵の姿を、その悲しい過去を、是非ともあなたも見届けてほしい。こんなミステリは初めて。いま注目のミステリ作家の原点ともいえるこの作品は、きっとあなたのことも虜にするに違いない。

文=アサトーミナミ

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