恐怖とおもしろさのバランスが光る新刊『カンザキさん』を立ち読み。劇作家の著者と担当編集者による制作裏話も。月イチ立ち読み読書の会 Vol.6レポート
公開日:2026/2/19

1月27日、銀座・歌舞伎座タワーにて、「月イチ立ち読み読書の会」が開催された。本イベントは、ダ・ヴィンチWeb編集部がセレクトした作品を、参加者全員で会場にて「立ち読み」し、感想を語り合う読書会。
今回取り上げられた作品は、ピンク地底人3号さんの『カンザキさん』。集英社から1月7日に発売された小説だ。
物語の舞台は、離職者が続出する“超絶ブラック”な配送会社。「僕」ことノミは、大学卒業後、引きこもりを経てそこで働くことになる。その会社には、誰にでも優しい人格者のミドリカワさんと、人を罵り、蹴りを入れる悪魔のようなカンザキさんという先輩がいた。
同期が次々にカンザキさんの毒牙にかかる中、「僕」もカンザキさんと組まされることになる。暴力と不条理の果てに見える、戦慄の光景を描いた小説だ。
本作の担当編集者である集英社の富崎裕子さんを会場に迎え、さらに、オンラインで著者のピンク地底人3号さん(以下、3号さん)にご登壇いただいたイベントの模様をレポートする。
担当編集者が語る『カンザキさん』誕生の経緯
読書会が始まり、編集者の富崎さんからご挨拶をいただいた後、早速40分間の「立ち読み読書タイム」がスタート。

参加者が思い思いのペースで読み進め、あっという間に時間が過ぎていく。「続きを早く読みたい」という気持ちを共有しながら、富崎さんへの質疑応答タイムに入った。
まず、司会者から「本作の初稿を3号さんからもらったときに、率直にどのような感情、感想を抱いたのか」という質問。富崎さんは「本当に100枚以上書いてきたな、と思いました」と答え、本作の制作前のやり取りについて明かした。
「最初エッセイを書いていただいて、それが非常に良かったので、『小説を書きたくなったら私に声をかけてください』とお伝えしまして。そうしたら『書きます』とのことで、ご自分で締め切りを2カ月と決めてくださいました。編集者をやっていると、よく『小説書きたいんです』と、声をかけていただくんですけど、400字詰め原稿用紙で100枚、4万字以上書ける方ってそんなにいないんです。小説を書くのって、本当にすごいことなんですよ。誰にでもできることではない。だからこそ『本当に書いてきたな』と思いましたね」(富崎さん)
編集者に作品の詳細をあらかじめ言う人、設計図のような形で話す人、「話すと流れてしまうから」とあまり話さない人など、様々なタイプの作家がいる中で、3号さんは、作品の詳しい内容についてはあまり語らなかったという。
「配送会社で働いた経験を書きたい、自分の経験をもとに書きたいと。それを受けて『じゃあ、まずは書いてみてください』とお伝えしました」(富崎さん)

続いて富崎さんは、実際に小説化するまでの流れについて、編集者ならではの視点から明かした。
「厳密に言うと180枚弱ぐらい書いてきてくださって。そこに、編集者として気付いたこと、ダブり部分の指摘含め、改稿の提案を鉛筆で書き込みました。ですが、ピンク地底人3号さんのお名前で発表するものなので、絶対にこうしろとは言いません。だから必ず鉛筆で書き込みます。『ご自分で納得いくものだけ取捨選択してくださっていいですよ』と伝えた上で、ブラッシュアップして頂きました。そのブラッシュアップの仕方でも、才気のある方だなということはわかりました」(富崎さん)
「この作品を、どういった方々、どういう状況の方々に届けたいと思ったか」と司会者。富崎さんは、コンプライアンスが厳しい現代においても「必ずしも綺麗な企業ばかりじゃないだろう」と、3号さんと話したという。
「未だにブラック企業とかブラック職場はたくさんあるだろうと思います。この小説は、そういうひどい環境にいるとき、人はどうなるのかという、誰にでも起こりうる身近なことを描きつつ、『神の不在』、その『不在の在』を描くという、文学の基本的なテーマ、遠くの方も見据えている。ヨブ記を髣髴とさせました。いい小説だと思いました」(富崎さん)
続いて、参加者から、登場人物について質問が投げかけられた。
まず、「人物の名前の表記が全てカタカナになっている理由」について。富崎さんは、3号さんが20年以上演劇をやっていることがバックグラウンドにあると語る。
「カンザキさんやミドリカワさんという登場人物は、3号さんの他の演劇作品にも登場します。カンザキサンならこういう役柄、ミドリカワさんならこういう役柄というのが、ある程度わかるようになっている。この作品も、途中まで主人公には名前がなくて「僕」で統一されていて、最終的にはノミという名前がつけられました。どちらがより読者が自分を主人公に投影しやすいか、考えた上でのことだと思います」(富崎さん)
本作に関西弁がところどころに出てくる点についても、3号さん自身が京都にゆかりがあることを挙げる。
「3号さんは話していると自然に関西弁が交じるんです。作品の舞台も京都ですし、関西弁が出るのは自然で、しかもその書き方がうまいなと思いました。リズムもいい。町田康さんの作品がお好きというのもわかる気がしますが、耳で聞いたまま文字にしても、なかなか再現できません。実は非常に難しいことをやってのけているのです」(富崎さん)
演劇の世界で生きてきた著者の「小説」という挑戦
ここで、オンラインで3号さんにご登壇いただき、質疑応答タイムへ。
まず、司会から本作の最初の構想について質問。3号さんは、「ほとんど構想はなかった」と明かした。
「2ヶ月しかないし、取材する時間もないので、最初の小説ということで私小説かなと思って。今まで自分が経験してきた中で、一番小説になりそうなものを選んで、配送業を舞台にした感じですかね」(3号さん)
参加者から、「冒頭のシーンが不思議な形で切れているところが印象的で、そこだけ5度読みくらいした」という感想が挙がった。
「一番最初にバーンってインパクトのあるシーンから始めて、読んでくれる人を引きつけたいと思ったんです。だから主人公の「僕」が過去にカンザキさんから酷い目に遭う場面を冒頭に持っていきました。
そして『誰か助けて!』という叫びで時間軸が現在に戻る。その感じがきっと目新しく見えたのかもしれませんね」(3号さん)
主人公の「僕」について、「ご自身を投影した部分はあるのか」という質問には、「ほとんど当時の僕の状況をそのまま書いてます」と3号さん。タイトなスケジュールの中、実体験をベースに執筆したという。
「ベースがないと演劇も戯曲も小説も書けないんです。でも僕自身っていうベースがそもそもあれば、リアリティラインを作っていくのが割と簡単なんですね。なので、僕自身のことをだいぶ書いてます。
うつ病だったこととか、引きこもりだったことに関しては、もうそのままですね。『自分には友達もいなかった』みたいなのも、『全くいなかった』とは言わないけど、結構実感を持って書いているので。7〜8割はフィクションではあるんですけど、土台に関しては結構そのまま自分のことを書きました」(3号さん)

続く質問は、「劇作と小説の執筆の違い」について。戯曲の「ト書き」と小説の「地の文」の違いが、最も大きかったと言う。
「地の文をしっかりとディテールを持って書かなきゃいけないっていうのが初めての試みだったので、かなり難しかったです。セリフと地の文のバランスを考えながら書きましたね。
戯曲ってセリフとト書きっていうものでできているんですね。ト書きは、俳優さんに対する動きの指定みたいなことなんですけども。例えば『登場人物Aが去る』とかね、そういうことが書いてあるんです。その『Aが去る』っていうのを、どのように小説の地の文で書くかっていうところが結構ポイントで。どうやって去ったのか、そのときは何を見ていたのか、何を感じていたのかを書き込んでいくのが、僕の中での小説を書くってことかな、と今思ってます」(3号さん)
「恐怖」と「笑い」の絶妙なバランス。気になる質問も
続いての質問は、本作の「怖さとおもしろさのバランス」について。この質問をした参加者は、「カンザキさんはすごく怖いけれど、怖いだけで終わらないところが何でだろうって考えて。読み進めていくと、主人公が変なところで冷めてたり、急にチビ冷蔵庫やカブトムシに思いをはせていたりする点がすごくおもしろい。すごく怖いところとおもしろいところのバランス感覚のおかげで読み進められたのかなと思った」と言う。
3号さんは、怖さとおもしろさの展開のバランスについて「意識して書いている」と語った。
「演劇をやっていると、お客さんの反応がすごくダイレクトに伝わってくるんですね。しんどいシーンばっかり続いていくと、どんどんお客さんがしんどくなっていくんです、表現がダイレクトだから。当たり前ですけど、演劇に限らず、みんなしんどくなりたくて小説を読んだり、映画を見たり、演劇を見たりするわけじゃないと思うんです。
でも、実際この世界はしんどいことがたくさんあって、それをどう表現するかって考えたときに、僕の中で『笑い』っていうのが重要で。『笑い』をちょくちょく織り交ぜていくことによって、なんとかお客さんを引っ張っていけるというか、読んでくれる人を引っ張っていけるというか。その辺りのバランスは、すごく考えて書いたんです。
だからカンザキさん、確かに怖いですけど、言ってることが結構……おかしいというか。その場にいる人間からしたらめちゃくちゃ嫌なんだけど、小説という形で傍から見ると、ちょっとユーモラスに思えるというかね。そういうのは、カンザキさんだけじゃなくて、他の登場人物のセリフにもいっぱい意識して入れているので、多分それのおかげで読んでいただけるのかなと思います」
ここで話が脱線。「皆さん、40分ここで黙って読んでたんですか?」という言葉に、会場中に笑いが広がった。「演劇だと、声出してみんなで台本読みしたりするんですけど、やっぱり小説の読書会ってのはみんな黙って読んでるんですね。不思議な時間ですね」と3号さん。会場内の空気が緩んだ。

「なぜ小説を書こうと思ったのか」という質問には、「動かなきゃいけないタイミングに乗った」と3号さん。
「大体の方は新人賞でデビューされて、小説家になると思うんですけど、僕はたまたま演劇をやってたおかげで富崎さんと知り合って、『書きたくなったら声をかけてください』と言ってもらえた。動かなきゃいけないっていうタイミングが僕の人生であって、こういう機会はなかなかないと思って乗りました。あとは、劇作家出身で小説を書いている人はいっぱいいらっしゃるんですよね。その中に僕も入りたいなって気持ちもありました」(3号さん)
参加者からの最後の質問は、本作に登場するミスタードーナツや餃子の王将のシーンについて。特に、ドーナツをなかなか選べない主人公の優柔不断さに共感したそうだ。
3号さんは、「主人公の優柔不断なところは完全に僕です」と明かす。会場に広がった笑いの余韻の中で、執筆の中で心がけていることを語った。
「ドーナツにせよ、餃子にせよ、戯曲を描くうえでも『ものを食べる』というのは大事にしてて。味覚とか嗅覚とかのいろんなものを、読んでる人、見ている人に伝えたいんですよ。だから、この作品はハードだけど、そういうふうに餃子とか、ドーナツとかで、ちょっと息抜きしてもらうシーンみたいな感じで入れたんですよね」
あっという間に質疑応答タイム終了の時間に。最後に、3号さんからメッセージをいただいた。
「僕は基本的に演劇で食べているんですけども、今後は小説も並行して書いていきます。ちょうど今、取りかかっている作品が、もうちょっとしたら発表できると思います。ここにいる皆さんには、ぜひ僕の次の新作も読んで欲しいです。『カンザキさん』より、楽しい小説を目指して書いてますので、よろしくお願いします。ありがとうございました」
会場にいる富崎さんが「3号さん、原稿待ってまーす」と声をかけると、また会場に笑い声が響く。
穏やかな空気の中、最後に富崎さんからも言葉をいただいた。
「編集者にもいろんなタイプがいると思いますが、私は、その作家の方の特性に合わせて、その人が書きたいものを書いてもらいたい、できることなら楽しんで書いてもらいたいという思いがずっとあります。3号さんには、演劇で鍛えた魅力あるキャラクターの書き分けや、人々を飽きさせない笑いを入れる力など、彼にしかできないことが沢山ありますので、それを今後も大事にしていって欲しいですね。
一方で、作家の方が無意識にご自分で壁をつくる時があれば、そのリミッターを外していくのが、編集者の仕事かなとも思っています。本人がまだ気付いていない、発揮できていない才能を見据えて、どうすればそれを発揮できるか、処方箋をかけるよう常に意識しています。本人が信じている以上に、その才能を信じることから始まるのかもしれません。もっと遠くまで飛べるはず、と口には出さないまでも、新しい挑戦をする時があれば、そっと後押ししていきたいと思ってます。あくまでもそっと、ですが。これからもよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました」
参加者の拍手と共に、読書会は緩やかに幕を閉じた。
本の作り手と読み手がつながる「読書会」という場
本イベント終了後、参加者からは、次のような感想が寄せられた。
「内容が面白いことはもちろんですが、とてもリズム感がよい文体で、読み進めやすかったです。この小説の続きも、次の作品も気になります! ピンク地底人3号さんの舞台にも興味が湧きました」
「私は人を傷つける描写が苦手なのですが、3号さんがおっしゃっていた"笑い"を織り交ぜる意図的な構成が効いていて、そこまで気持ちが重くならずに読むことができました。台本のト書きにあたる部分の描写がとても丁寧で、引き込まれました。まだ読めていない後半部分が楽しみです」
「本を読んだ直後に作者の方に質問できるというのがとても貴重な機会だなと思いました。また、普段劇作家さんの本を読んだことがなかったので、触れたことのない作品を知らない人と読む空間自体が素敵だなと思いました」
3号さんにとって、自身の小説の読者に直接会うのは、今回のイベントが初めてだったという。その飾らない人柄に触れられる、貴重な時間となった。
