【丸山ゴンザレス】麻薬王の肖像画入りコカイン吸引器? 血と暴力にまみれた麻薬が「東京」に繋がっている理由とは【書評】
PR 公開日:2026/3/18

『ナルコトラフィコ』(丸山ゴンザレス/講談社)は、麻薬ビジネスのルートをたどり、足掛け15年にわたって行われた現地取材の様子を克明に記したノンフィクションだ。著者は危険な地域や裏社会を専門とするジャーナリストとして活躍し、TBS系列番組『クレイジージャーニー』への出演でも知られる丸山ゴンザレス氏である。
麻薬はおそらく多くの人にとって、身近には感じられない存在だろう。しかし、それは確実に世界中で流通し、一部の人間の人生を壊し続けている。著者はかつて歌舞伎町の飲み屋でジンを飲んでいた際、目の前に白い粉(コカイン)の入ったパケットを置かれた経験を持つ。生活圏に忍び寄る麻薬の影を感じたその経験をきっかけに、麻薬が各都市にたどりつくまでの道のりを取材することを決断する。
コカインの生産拠点、ボリビア。麻薬ビジネスのスタート地点であり伝説の麻薬王が誕生した地、コロンビア。麻薬の流通経路、パナマ。麻薬戦争が今なお続く、メキシコ……。販路の拠点では、生活の地続きに暴力がある。成功した一部の犯罪者は巨万の富を得る一方、関わらざるを得なかった人々の人生は容易く崩れる。
インタビューを通じた記録の数々は、読んでいて汗ばむほど生々しい。例えばパナマのスラム街で出会ったギャングの若者は、建設現場での肉体労働で食いつなぎながら、巨大な麻薬ビジネスの末端で殺し屋として生きている。彼が放った「俺たちはママにおっぱいをもらうベイビーだ」という言葉は、巨大組織からこぼれ落ちる利益を奪い合うしかない彼らの哀しい現実を物語っている
長期にわたって各国を巡る取材の圧倒的なスケールに加え、危険な地にも足を踏み入れていく丸山氏の胆力が、本書に奥行きを与えている。麻薬に関わる人々の背景が解像度高く見えてくると、この巨大産業がいかに深刻な問題を抱えているかが浮かび上がってくる。
取材記録に織り交ぜられた麻薬とカルテルの歴史も読み応えがある。例えばコロンビアの伝説的麻薬王パブロ・エスコバルは、マリファナよりも遥かに利幅の大きいコカインに目をつけ、世界的な流通網を築き上げた。貧困層に富をばら撒き「ロビン・フッド」と呼ばれた一面を持つ彼は、死後30年経った今も一部で崇拝されており、彼の肖像が入ったコカイン吸引用の耳かきが土産物として売られているほどだ。
麻薬の製造から流通、販売までを担うカルテルは、経済力と軍事力を併せ持つ巨大組織だ。その歴史をたどると、時代に適応しながらビジネスモデルをアップデートしてきた経営能力の高さもうかがえる。闇のビジネスは長い歴史の中で体系化され、それを担うカルテルは確固たる地位を各地で築いてきた。
著者は現在の状況を、SNSや暗号資産でつながった匿名の個人が暗躍する「第4世代(ネットワーク型)」に移行したと分析する。たとえ王が死んでも、ビジネスとシステムはなくならない。まさに2026年2月22日に麻薬王エルメンチョが亡くなったが、それでもシステムが動き続けているのだ。「麻薬は危険だから根絶しよう」という浅い考えなど通用しないということを痛感する。
そうは言っても、よほどのことがない限り自分とは縁遠い話だ。そう考えている日本人に、著者は警鐘を鳴らしている。日本の東京は、麻薬を届ける“終着点”のひとつだ。ここまでの道のりを知らない人々は、いとも簡単に麻薬を高値で買う。
著者はこれを「消費の無臭化」と表現する。麻薬から死の匂いが完全に消され、ファッションのように消費されているのだ。こうした無知なエンドユーザーこそ、麻薬ビジネスの興隆を支えてきた最大の担い手である。著者はこの無自覚な暴力の流通に光をあてるべく、本書を書いたと冒頭で述べている。
これは私たちにとって決して無関係な話ではない。血なまぐさい流通経路を擬似体験させてくれる本書は、麻薬ビジネスをリアルな問題として捉えるきっかけをくれる。ノンフィクションとして充実した内容であることはもちろん、受け取れるメッセージの濃度も高い。本書の趣旨とは異なるかもしれないが、ジャーナリストの生業を肌で感じる一冊としても、非常に熱量高く読める本だと感じた。
文=宿木雪樹
