イチローがグラウンドで笑わなくなったのは、プレーに対する“恐怖”を知ったから。MLBやWBCで驚異の活躍をしたイチロー、その軌跡を振り返る【書評】
更新日:2026/3/30

イチローはますますおもしろい!
こう思ったのは、2019年にイチローが智弁和歌山高校の野球部で指導を行ったというニュースを見たときだ。イチローがこの年3月に現役引退し、シアトル・マリナーズの会長付特別補佐兼インストラクターとなっているのは知っていた。それは至極当然の流れに思えたが、高校球児の指導とは?
智弁和歌山といえば甲子園の常連校。つてがあって頼まれたのだろうと想像したが、そうではなかった。イチロー自身がかの野球部のファンになり、指導を申し出たそうなのだ。世界的なスーパースターという威圧感はいっさいなく、「いっしょに練習しましょう」という態度で球児とふれあう。名門校のみならず公立校にも指導に赴くフットワークの軽さ。さらに自身の草野球チーム「KOBE CHIBEN」と女子高校硬式野球選抜チームとの対戦も毎年注目を集めている。
メジャー殿堂入りを果たした世界的スターでありつつ、現在進行形で新しい道を探し続ける人物。『イチロー・インタビューズ 完全版』(文藝春秋)は、飄々として見えて、常に新たな課題に挑むイチローの核に迫る一冊だ。2020年に刊行された『イチロー・インタビューズ 激闘の軌跡 2000-2019』の増補版で、引退後から現在に至る項が補完された決定版。著者は長きにわたりイチローを取材し続けるベースボールジャーナリスト・石田雄太である。
変わりゆくイチローの姿を俯瞰的にたどる
思えば2000年に渡米が決定した当時は、NPBで7年連続首位打者を獲得したにもかかわらず「細身のイチローがメジャーリーグで通用するのか」などと言われたものである。そんな外野の言葉をものともせず、メジャー1年目から242安打を記録、首位打者に輝く。3年連続200安打をクリアーして、4年目にはシーズン262安打で世界記録更新。驚異の活躍を遂げる裏でイチローが考えていたこと、感じていたことは何か。
第1回WBCで初めて「チームの中心」となる経験をしたこと。笑顔でプレーしていた若き日に比べ、次打席に「恐怖」を感じられるようになったメリット。渡米したからこそ見えた、日本の野球、アメリカのベースボールそれぞれの魅力。孤独にストイックさを貫くスタイルからフランクに感情を出すようになるなど、変わりゆくイチローの姿を俯瞰的にたどっていく。
イチローは自然に現れた変化、必要に応じて選択した「変わる理由」を客観的に分析していく。自らを「理屈で理解しないと納得できないタイプ」と言うだけあって、微妙な感覚をも明確に解説する言語化能力には舌を巻く。
彼は幼い頃から、大人に指導されても自分で見つけた正解を曲げることはなかったという。どんなシーンでも高いレベルで自分なりの一手を探している印象だが、根本にあるのは「できることをやる」「必要なことをやる」といったきわめてシンプルな態度であるのも感慨深い。
本書にはWBCで出会い共鳴した王貞治、日本人メジャーリーガーの中でも特に意識した松坂大輔、松井秀喜らも登場。同じ視野を持つ野球人との微笑ましい語らいからも「イチローらしく生きる」姿が浮かび上がる。
現役を引退したのちも――こんなにもフレッシュに野球に取り組み、野球というスポーツを輝かせるイチローから目が離せない。まだ52歳の彼がこれから何をやってくれるのか楽しみである。
文=粟生こずえ
