第66回メフィスト賞受賞作は、5つの作中作が入れ子になった迷宮構造?「この才能を絶対に世に届けたい」と編集部に言わしめた大作に迫る【書評】
PR 公開日:2026/4/20

このほど文芸界に期待の超新星が登場した。第66回メフィスト賞を受賞した市塔承さんだ。なんと市塔さんは20歳の現役大学生(応募の段階では19歳だったとのこと)。受賞作『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』は応募時900枚を超える大作で、「この才能を、絶対に世に届けたくて。私はこの書き手に心底惚れてしまったのだと思います」(メフィスト賞2025年上期座談会より)と編集者をうならせた。改稿を重ね、この春ついに単行本が登場する。タイトルは応募時と同じ『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』(講談社)だ。
メフィスト賞といえば、ミステリーファンだけでなく多くの本好きが注目する小説家の登竜門。第1回受賞作の森博嗣さんの『すべてがFになる』を皮切りに、辻村深月さん、西尾維新さん、北山猛邦さん、舞城王太郎さんといった多数の人気作家を世に送り出してきた実績がある。実はメフィスト賞受賞作が決定したのはおよそ2年ぶりとのことで、それだけに本作への期待が高まるというものだ。ちなみに前回受賞作は本屋大賞にもノミネートされた話題作『死んだ山田と教室』(講談社/金子玲介)だ。
物語は、砂漠に近い架空の国・神聖ニアニ王国(現在は神聖ニアニ共和国)にまつわる歴史と、主人公・エリメの生きる時空がまじりあう壮大なもの。大学院で化学を研究していたエリメがある日を境に昏睡状態となり、実家のベッドで目覚めるところからスタートする。復学のために首都に向かうエリメは、弟から旅のお供にと一冊の本『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』を手渡される。単なる小説かと思いきや、どうやらその本には「王家の宝の隠し場所」を記す暗号が隠されているらしい。興味をもったエリメは本の世界に没入していく――。
と、ここまでが導入的な外側の物語。本書で驚きなのは、なんといってもその異色の構造だ。エリメが没入した『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』(著者はオルジボセ女王の宰相・ミジリア)という本の中に、作中の人物がまた別の本を読むという形で4つの作中作が入れ子になって登場するのだ(途中、エリメの視点も挟むので合計5作が入り混じることになる)。リズムに慣れるまで頭が混乱するかもしれないが、ペースを掴めばまるで立体迷路に潜り込むような読書体験。こんな感覚、そうそう味わえるものではない。
さて物語の地である神聖ニアニ王国には王はいるが、実際には拝月教会が強い権力をもち最高司祭がそのトップに立っている(その体制は共和制になった今もあまり変わっていない)。実はエリメが読んだ本には、その拝月教の成り立ちを根幹から揺さぶる重大な秘密が隠されており、「宝探し」とばかり興味本位で謎解きに挑んだエリメは、そのまま国家の危ない秘密に接近してしまうのだ。
宗教と国家、権力闘争、格差と差別、異教徒との争い……ニアニ王国がたどってきた道は、世界史で起きた多くの悲劇を思い出させる。そしてそれは、今も世界で起きていることと実は根っこでつながっているのに気がつくだろう。歴史は繰り返し悲劇を生む。読後の感慨にひたりつつ、思わず深いため息がもれてしまう。
文=荒井理恵
