「響け!ユーフォニアム」の武田綾乃が描く2226年のディストピア世界。ペットベイビーと呼ばれる愛玩赤ちゃんを工場生産する話【書評】
PR 公開日:2026/5/27

子どもは未来の財産と言われ、誕生した時には多くの祝福を受ける。だが、一方で親が日常で感じる生きづらさは多い。子どもが元気に騒ぐ声は“騒音”と迷惑がられることもあるし、公共の場で子どもが泣いた時には周囲の冷ややかな視線が刺さる。
こうした時代の中で、私たちはどう“子ども”という存在と向き合っていけばいいのだろうか。『ここはこどものいない国』(武田綾乃/講談社)は、改めてそう考えさせられる長編小説だ。
本作の舞台は人間を工場生産できるようになった、2226年の日本。人々の間では遺伝子工学によって生み出されるペットベイビー(通称:PB)が、犬猫を抑えて最も人気のある愛玩動物になっていた。
ペットベイビーは泣いたり言葉を発したりせず、時々笑うだけ。生後5ヶ月ほどで出荷された後は、生後7ヶ月ほどで成長が止まり、10年ほどで生涯を終える。栄養供給は、専用のケージに入れるだけで自動的に完了。ペットベイビーの飼い主は「ペアレント」と呼ばれ、街中の至る所に存在している。
また、世間では明晰な頭脳や病気をしない肉体を持つ、工場生産児が主流だ。自然出産を選ぶ者は「自然派」と呼ばれ、人々から忌避される。
そうした時代であることから、ペットベイビー生産工場に勤める笹川美奈子は、自身が自然出産児であることを隠して生きるようになった。
「私は出来損ないの親から生まれた、出来損ないの子。生まれる場所も受ける教育も、全てのスタートラインが等しい工場出産児のように、完璧な平等の中で育ちたかった」
美奈子は常々そう思っていたが、勤務先の部署に新しく配属された伊藤類との出会いによって、自分の生い立ちを改めて見つめ直すこととなる。
類は、能力が高い工場出産児だ。だが、自然派の生き方や自然出産に興味を持っている変わり者でもある。美奈子は類と距離を縮める中で、彼女が妊娠しているという衝撃的な事実を知った。
ホルモン治療によって性欲すらも無くす時代に抗い、我が子を持とうとする類と自然出産児であることに負い目を持つ美奈子は対照的な人間。だからこそ、ふたりの交流は子どもを産み、育てることの意味を考えるきっかけとなる。
効率化という面から見れば、妊娠・出産、子育ては非効率なことだ。妊娠中は1年近く身動きがとりにくい体になるため、不便であるし、出産後は個性が様々な我が子に振り回されながらも、育児をしなければならない。
子どもは親を選べないという意味から、近年では「親ガチャ」という言葉が生まれたが、親側からしてみれば、どんな子が生まれるか分からない妊娠・出産は、「子ガチャ」だとも言えよう。
だが、それでも人は子を産み、育てる。そして、持って生まれた我が子の個別性を“ガチャ”という言葉で片付けず、愛しく思いもする。ただかわいがるだけでなく、時には叱咤や話し合いをし、家族になっていく。その営みの尊さを、本作は“完璧な子ども”である工場生産児の存在を通して教えてくれる。
これから世界を知っていく子どもたちは、未完全で当たり前。世の中の色々なことに恐怖を感じたり、興味をそそられたりするのは発達の段階として自然なことである。そんな風に、自分自身も辿ってきた道を寛容に捉えることができたら、公共の場で聞こえる子どもの甲高い泣き声の受け止め方も変化するのではないだろうか。
初めから完璧であり、ひとりで成長していける人間なんて作り物。本作は、そんな気づきを授けてくれる物語である。
また、本作に触れると、人間の三大欲求が持つ意味についても考えさせられることだろう。美奈子が暮らす世界では人間の欲求が管理され、効率的であることに重きが置かれている。食事は、完全栄養食で完結。睡眠は睡眠補助剤を飲めば、1~3時間眠るだけでいい。だから、人々は労働や電子端末を活用した娯楽に多くの時間を割ける。
そうした効率的な世界は誰もが思い描いたことがある、“理想の暮らし”に見えることだろう。だが、本作を読み進めていると、心が揺れる。あれ、生きるってこういうことだっけ…? と、自分の本能的な部分が叫ぶのだ。
1日の3分の1を睡眠に当てなければ動かない体は効率が悪いし、食べる時間よりも準備にかかる時間のほうが長い料理は非効率だ。それでも、私たちはそうした非効率な営みで、生を実感できる生き物である。
効率化を突き詰めれば、暮らしがより豊かになると私たちは思いやすいが、果たして本当にそうなのだろうか。AIなどの人工知能が注目されている今だからこそ、本作を手に取り、真の豊かさも考えたい。
文=古川諭香
