元オモコロ編集長・原宿、なぜ永遠に続けようと思っていた編集長の座から退いたのか? オモコロの肩書に頼らない存在を目指して、表に立たない仕事もやりたい【インタビュー】

文芸・カルチャー

更新日:2026/4/28

――ゲスト出演されたラジオ「WEDNESDAY HOLIDAY」で、「オモコロ」の存在意義について語っていましたね。

 僕自身が、スチャダラパーとか電気グルーヴとか伊集院光さんを見てきた世代なんですが、彼らはなんだか遊んでるようにしか見えないんですよね。楽しそうだったり、ふざけたりしているようなのに、食べていけている。そんな人たちを見ると、なんか大丈夫なんだなって感覚になるんです。「オモコロ」も結構似たような空気があると思っていて。「オモコロ」を見て、真面目に生きすぎなくてもいいかって、どこかで誰かが思ってくれてるだけでも充分だなっていう感じですね。

 僕は28歳まで無職だったし、受験もしてないし、手に職もない。でも、こういう遊びながら仕事してるように見える人がいると、読者も肩の力を抜いて、自分たちが楽しいことばっかりやってても、生きていけるんだなって思うんじゃないでしょうか。人生、楽しんだもん勝ちってところもありますしね。

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――「オモコロ」が訴えているのは勇気の重要性だ、というお話もありました。こちらについて詳しくお聞きしたいです。

 勇気っていうのは、一つのキーワードではあると思うんですよね。インターネット的な面白さって少しの勇気から生まれると思ってるんです。「これ面白いのかな?」みたいなよく分からないものも、表に出してみると反応が返ってきて「そういう感じで見てもらえるんだ」って知ることができる。そうやって、自分の表現の手段が磨かれる。モノを作るって、自分の外に出してみないことには何も分からない、という部分がすごく大きいと思うんですよね。個人の中に埋蔵された面白さがあって、それを「面白いですね。やりましょう!」と掘り起こすのを手伝えるだけで、「オモコロ」的なメディアには意味があると思うんですよね。

 だからできるだけ大勢の人に、勇気を持ってほしい。「オモコロ」を見ていて「なんだか俺もできそう」とか思ってもらえたらいいなと思います。「勇気だ!」とかことさら大声で言うわけじゃないんですけど、なんとなくふわっと感じてもらえればいいかなと。

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――過去、編集長でありながらも「権力を集中させたくない」といった、常に一歩引いた視点をお持ちだなと感じていました。このような考えに至るのには、きっかけがあったのでしょうか?

 やっぱり、権力は腐敗するっていう原理原則があるので。長いこと同じやつが実権を握っていたら、おかしいことになっていくのはどこの世界でも同じなんじゃないかと思ってます。

 根底に、「誰か一人がすごいわけじゃない」という想いがずっとあるんですよ。「オモコロ」って一部の表に出る人間が作ってるように見えますけど、裏側でサイトを構築している人とか、サーバーを維持してくれる人がいて成り立っています。「ストレスなく記事を読んでもらうためにどうするか」とか、面白さ以外のことがかなり重要なんです。面白いライターがどれだけいても、日々の雑務をこなす人がいなければ、面白いことなんて何一つできない。結局、一人の力で成し遂げられることなんてないんですよね。みんながそれぞれ弱くてすごくて、それで支え合っている。

 だから「オモコロ編集長=原宿」と、固定化されるのは良くないなって思いました。いろんな人が代わる代わるトップに立った方がいい。この考え方は、子供の頃からずっと変わらないですね。どんなスターだって、ファンや社会に支えられて存在しているわけですから。誰かじゃなくて、みんながすごいんだからさっていう気持ちがずっとあります。

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