『木挽町のあだ討ち』映画化で話題 永井紗耶子の新作は霊異譚? 髑髏、生霊……視える者と視えない者、正反対のバディが向き合う霊異の声とは【書評】
PR 公開日:2026/5/20

目に見えるものだけがすべてじゃない。そんな当たり前のことを、私たちはつい忘れてしまう。見えぬものを「在るもの」として捉えるには、私たちの日常は忙しすぎる。忙殺される日々は、人々から余白を奪い、視野を狭くする。
『木挽町のあだ討ち』(新潮社)で直木賞・山本周五郎賞を受賞し、2026年2月に同作の映画化が話題となった永井紗耶子氏が新たに挑むのは、明治時代を舞台とした霊異譚『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』(双葉社)だ。「霊異」と聞くと、おどろおどろしい心霊現象を想起する人も多かろう。だが、本作はそのような作風とはかけ離れている。
幼少期より怪異が「視える」体質に悩まされていた斎木啓吾は、ある日、下宿先で目覚めて愕然とした。泥棒が入ったかのような泥だらけの足跡に加え、窓際に髑髏がゴロンと転がっていたのである。酒に酔って帰宅した啓吾には、まったく身に覚えがない。しかし、下宿先の寮母の通報により、啓吾は「殺し」の疑いをかけられてしまう。真相としては、髑髏の主に体を乗っ取られた啓吾が、無意識で掘り返したに過ぎなかった。だが、警察でそう主張するわけにもいかない。途方に暮れる啓吾に救いの手を差し伸べたのは、彼を「腹心の友」と呼ぶ名家の次男坊、連翹寺正周(れんぎょうじ まさちか)であった。
正周は、好奇心旺盛な変わり者で、啓吾の霊感体質に強い興味を抱いている。また、奇縁により、啓吾の大学費用は連翹寺家の支援により賄われていた。啓吾が置かれた事情を知った正周は、警察に掛け合い、啓吾の釈放を求めた。晴れて自由の身となった啓吾は、髑髏の主である坂本宗五郎の未練の理由を知り、正周と共に成仏への道を探る。
全5章からなる連作短編集は、それぞれにこの世に未練を残した霊や生霊が登場する。彼らの姿は啓吾にしか視えないが、存在としてたしかに「在る」。特に強くそのことを感じたのは、第5章「生きていた令嬢」で描かれるエピソードだ。
莫大な資産を持つ永富裕太郎の令嬢、絹子は、長らく行方知れずであった。しかし、10年ぶりに娘が見つかり、老い先短い裕太郎は、「絹子に全財産を譲りたい」と言い出す。新聞社でバイトをする啓吾は、絹子の夫探しを目的とした夜会に、上司と共に参加した。そこで、啓吾は絹子の顔が「よく見えない」ことに違和感を抱く。
結論からいえば、絹子はすでに殺されていた。見つかったのは、絹子の霊が憑依した女性であり、かねてより啓吾と正周がある事件をきっかけに探していた人物でもあった。絹子が殺された状況に関して、ここでは詳細に触れない。だが、絹子の恨みが深いことも当然と、そう感じたことだけは記しておく。
霊が抱える「未練」には、さまざまな種類がある。遺された家族に対する心残り、誰かを妬む思念、許し難い相手への憎しみ。どの未練も苦しかろうが、こと憎しみに関しては、その呪縛の強さはいかほどのものかと思う。啓吾は、姿が視えるぶん霊が抱える感情に引きずられやすい。その危うさを、まっとうな健やかさを持つ正周がカバーする。霊異に強い関心を抱く一方で、正周には霊が視えない。だが、正周は己の目に映らないものを思いやる力がある。彼の言葉は、死者のみならず、現世を生きる私たちにも真っ直ぐに届く。
“憎しみや悲しみ、怒りを抱いたことは何も悪くない。だから、貴女はまず、貴女御自らを許してあげて下さい。犯人ではなく貴女を。”
この言葉に続き、正周はこう語る。
“貴女の中に渦巻く恨みや怒りも、本来、貴女のものじゃない”
何らかの被害に遭った際、植え付けられた恨みや怒りは、被害者を長年苦しめる。だが、それらの感情は、往々にして「本人がコントロールすべきもの」として片付けられる。加害者がいなければ生まれなかった怒り。奪われなければ知り得なかった恨み。それらは本来、「貴女のものじゃない」。そう言い切ってくれる正周の言葉に、私は救われた。
魅力的な登場人物が織りなす本作は、「声なき声」を可視化し、魂の言葉を具現化する。「この世ならざる者」ではなく、「確固たる意思を持つ者」として霊の存在を描くことで、生者と死者の境目が淡くぼやけ、表層ではなく深層がくっきりと浮かび上がる。
視える啓吾と、視えぬ正周。性格も含めて相反する二人だが、このバディが霊たちに向き合う姿勢は、対人間のそれである。忙殺される毎日にあって、私たちの感覚は、いつの間にか鈍くなっている。声なき声に耳を澄ます。見えづらいものに心を寄せる。そんな余白さえ失った日々は、いつしか人を“鬼”にする。鬼にならず、他者をも鬼にしないために、私たちは一度、立ち止まるべきなんだろう。立ち止まり、生まれた余白で物語を食む。そこで生まれた感情は、長い時間をかけて他者との絆を結び、この世界のセーフティネットにつながる“糸”をも生み出すと、私はそう信じている。
文=碧月はる
