『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子が新作『めぐる糸』で死者に代弁させた思い。「理不尽に奪われていい命などない」【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2026/5/29

「被害者は何も悪くない」と言い切りたかった

――人間は善悪できっぱり分けられない。とはいえ、「確実な悪意」は存在するとのお話でした。本書においては、第五話「生きていた令嬢」に登場する絹子(霊)を殺した犯人がそれに当たると思われます。恨みを抱く絹子に対し、正周が語りかける台詞が温かく、この一節に救われる人がたくさんいるだろうと感じました。

永井:殺された人間が復讐をする物語は、いわゆる怪談だとよくある話です。私は、それがずっと割り切れなくて。だって、悲しいばっかりじゃないですか。恨みを残して犯人を祟る。それは、なんだかすっきりしない。どうしたら救われるのかと考えるたび、こう思うんです。だって、この人なんにも悪くなかったのに、って。

 現代でも、子どもや女性、お年寄りなど、弱い立場の人たちが犠牲になる理不尽な事件がたくさんあります。そういう時、殺された人は何も悪くないのに、「不注意だったんだ」とか、「警備が甘かったからだ」とか、被害者側や守る側の責任みたいに言われるのが納得できません。だから、「やった人間が悪いんだ」ということを言いたかったんです。

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――「憎しみや悲しみ、怒りを抱いたことは何も悪くない。だから、貴女はまず、貴女御自らを許してあげて下さい。犯人ではなく、貴女を」正周のこの台詞には、永井さんの強い思いが込められているのですね。

永井:たとえば痴漢された場合でも、被害者のほうが「私が油断していたからだ」みたいに自分を責めたりしますよね。あるいは、なんらかの被害者遺族が「なんで迎えに行ってあげなかったんだろう」とか。その苦しみは、そもそも犯人のせいなんだって、言いたいじゃないですか。犯人が悪い。犯人が悪いっていうことを、一回ちゃんと言おうよって、すごく思ったんですよね。

 この思いをファンタジーに入れ込むにはどうしたらいいんだろう……と悩みましたが、とにかく、このよくわからない泥を引っぺがして向こうに投げたいんだ! みたいな感覚があって。それをなんの屈託もなく言えちゃう人は、もしかしたら正周なのかな、と。ためらいもなく「それ間違ってるよ」と言える、自己肯定感のお化けみたいな正周だからこそ言える台詞が、一つの救いになればと考えたんです。とにかく、絹子をちゃんと幸せに向こうへ送りたい。それだけを考えて、この章を書き上げました。

理不尽に奪われていい命などない。「死者」に語らせた理由と思い

――永井さんのお話をうかがっていると、好奇心旺盛なところも含めて、正周と似通ったところがあるように感じます。

永井:たしかに、正周が持つ強い好奇心は自分にもあります。霊異について調べる際も、「なんで?」「どういうふうに視えているの?」「何が視えているの?」「どんな感じ?」と質問攻めにしてしまうので。「映画『シックス・センス』が私の感覚にすごく近い」と、霊体験を持つ方に教えてもらった時は、すぐに作品を鑑賞しました。

 正周のキャラクターは、すごく動かしやすかったです。霊が視えるのは啓吾ですが、啓吾は“視えているだけ”の常識人なので。そこにド変人の正周をぶつけることで、この物語が成立しました。

――物語を通して、死者に語らせたいと思った理由を教えてください。

永井:今この瞬間も世界では戦争が起きていて、「何万人の死者が」などと報道されます。その人たちが何を成したか、成さなかったかということとは全く関係なく、理不尽に奪われていい命などない。そのことを、私たちは忘れちゃいけないと思うんです。だからこそ、死者は「生きていた人」であると如実に伝えるために、霊に語らせました。

 第一話に登場する坂本宗五郎も、内乱の最中に死んでしまった人物です。でも、当然ながらその人にはその人の人生があって、思いがあった。そういう部分を大切にできる世の中であってほしいです。

――見えなくてもあるもの、「声なき声」を掬い上げるところが、本書の軸であるように感じました。現代社会において、これらの声は十分に可視化されていると思いますか。

永井:可視化されていないと思います。苦しいことを口にするのはためらう人が多くて、そうじゃないほうの声が大きいと感じるんです。本当に助けを求めている人のところに、助けが届いていない。

 でも、「見えなくてもあるもの」に対する敬意みたいなものは、根本的には日本の文化の中で大切にされてきたはずなので、そういうものがもっと可視化される社会であってほしいです。かつ、そういう声を拾い上げることができるようになれたらいいなと思いますね。

取材・文=碧月はる、撮影=後藤利江

めぐる糸 明治浪漫霊異譚

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