是枝監督「大悟さんの視線は自然と綾瀬さんに向いていた」『箱の中の羊』台本になかった名シーン誕生秘話【是枝裕和インタビュー】
公開日:2026/6/5

『万引き家族』以来、8年ぶりとなるオリジナル脚本で、再び家族を描いた――。
是枝裕和監督最新作『箱の中の羊』が、5月29日(金)に公開された。舞台は、少し先の未来。子どもを亡くした夫婦が迎え入れたのは、息子と瓜二つのヒューマノイドだった。喪失を抱えた家族の姿を通して、人を愛すること、共に生きることの意味を静かに問いかける。
脚本開発の裏側から、夫婦役を演じた綾瀬はるか、大悟との撮影秘話、さらに“台本にはなかった”という印象的なシーンが生まれた瞬間まで、是枝監督に話を聞いた。
思い浮かんだのは、大切なことは目に見えない、と語る『星の王子さま』

――『箱の中の羊』というタイトルは、劇中で綾瀬はるかさん演じる音々(おとね)が、ヒューマノイドとして帰ってきた息子・翔(演:桒木里夢)に読み聞かせする『星の王子さま』からの引用です。もともと、あたためていたモチーフだったのでしょうか。
是枝裕和(以下、是枝) いや、全然。もちろん、読んだことはありましたけど、なんだかよくわからない話だな、というのが正直な感想でした。ただ、音々が寝る前に読み聞かせる絵本は、ヒューマノイドには理解しづらいものがいいなと思っていたんです。そのときふと、思い浮かんだのが、大切なことは目に見えない、と語る『星の王子さま』のことでした。それはつまり、想像するということでしょう。
――そうですね。箱の中の羊、というのも、王子さまが望むとおりの羊を描けないかわりに、主人公は穴のあいた箱を描く。想像力のなかに理想がある、というエピソードです。

是枝 人間とヒューマノイドを分けるものは何か、ということを、そのシーンでちょっと軽く前振りしておこうかなと思ったんです。それがだんだんと、作品全体を覆うテーマに育っていきました。
――音々は建築家、大悟さん演じる夫の健介は工務店の二代目社長。劇中には、家もまた見えないところが大事なのだ、というセリフがありました。
是枝 それは、建築家の西沢立衛さんの著書に書いてあったんですよ。音々を建築家にしようと決めて、いろいろ資料を読んだなかでも、西沢さんの著書がとりわけおもしろかった。西沢さんの著書を読んでいると、建築と映画づくりにはとても近しいものがあると感じたんです。「目に見えないところが大事」という文章に触れたとき、ああ、これがテーマなんだと思いました。
雨が降って撮影を休んでいるあいだに、「キノコ」が生えた
――そもそもなぜ、主人公を建築家にしようと思われたのでしょう。

是枝 最初のプロットでは、家具デザイナーだったんです。どちらにせよ、木に触れるものにしたい、と思っていました。生成AIのヒューマノイドという命のないものに対比して、なにか大きい木を通じて命を描くことができないか、と最初はそれくらいの感覚だったのですが。
――やがて翔は、音々たちの目を盗んで、仲間のヒューマノイドたちと集まり、自分たちのコミュニティをつくろうとしはじめますよね。向かう先は森ですが、ヒューマノイドの電脳ネットワークと菌類のネットワークが重なって、実はそうかけ離れたものではないのかもしれない、と思わされました。
是枝 まさに、その二つに僕も類似性を感じていたんですよ。だから、最終的に森に向かうこともプロット段階から決めていた。そこに、大きな木があるといいな、と思うと同時に、キノコが生えていたらベスト、とも話していたんです。でも、キノコまではなかなか難しいので、あきらめて撮影したんですけど、雨が降って撮影を休んでいるあいだに、生えてしまったんです。

――すごい。
是枝 撮影再開となった日にスタッフが「キノコが生えてます!」って飛んできて。見たら本当に、気持ち悪いくらいに生えていた(笑)。撮影中も、時間がたつほど、ぐんぐん成長するから、初日のぶんは撮りなおして、東京に戻ってきてから、脚本にフィードバックして菌類の話を劇中に足したりしました。
人間なんていう未完成で未熟な生き物は、進化したAIにとってはどうでもよくなる
――「異なる材質のものをどう繋げていくかが楽しいのだ」というセリフもありましたけど、自然の命とAIが繋がっていく過程に観ながらぞくぞくしていました。

是枝 それも西沢さんの受け売り。ただ、最初から僕のなかに、AIと共存する未来にディストピアのイメージはなかったです。人間なんていう未完成で未熟な生き物は、進化したAIにとってはどうでもよくなるだろうから、支配されるとも思わない。AI側に、そんなことをする必要性すらないんじゃないかと思うんです。物語として描くにしても、陳腐な展開にしかならないし、機械に心が宿るなんて物語も、すでに語りつくされているから、そのどちらでもない着地点を僕なりに探ってみたかった。あまり悲観的にならず、子どもが親離れしていく、あるいは親が子離れしていく話とリンクさせながら描けたらいいなと。
――家って、見た目は変わらないけれど、育っていくものじゃないですか。ヒューマノイドもまた、歳をとらないし見た目は変わらないけど、コミュニケーションによって何かが育っていく。その類似性も、意識されていましたか?
是枝 していました。制作中の約2年間はずっと、『星の王子さま』と建築の話と、それから森と木の話が同時に走り続けていたから、それがどう絡み合い、一つの核として集約されていくのか、ずっと考え続けていたんですよ。どれか一つが暴走しないように気をつけながら、ちゃんと意味のあるリンクをさせたいと思っていたので、それが観ている方に伝わってくれたらうれしいですね。
