歌人・穂村弘が講評 『短歌ください』第220回「自己紹介」

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2026/7/30

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年8月号からの転載です。

今回のテーマは「自己紹介」です。五十音順の歌が多かったかな。例えば相川さんはいつも最初で緊張するし、渡辺さんは最後まで気が抜けなくて大変そうです。

●うみのそこみたい なまえをいってもいっても「きこえません」っていわれて
(りっとうゆき)

「自分の声がくぐもってる感覚でした」という作者のコメントがありました。臨場感がありますね。自己紹介の時に「きこえません」なんて云われたら、動揺してますます駄目になりそう。平仮名表記が「うみのそこ」感を強める効果を上げています。

●プロレスは正義であると言い残し彼は登校するのをやめた
(大岩摩利・女)

だからと云ってプロレスに入門したわけではないのだろう。思春期には、自分の心の中の世界が現実の社会よりも圧倒的に大きいことを思い出しました。

●愛されるために生まれたたぬきですキツネみるのがちょっと好きです
(一羽すずめ・女)

そうか、「たぬき」は「キツネみるのがちょっと好き」だったのか。なんだか意外、でも、だからこそ本当って気がします。

イラスト1

●得意げな過去の自分を殴りたい「嫌いなものはアイスクリーム」
(岸寅太郎)

みんなが好きなものを「嫌い」と云ってみる。いわゆる逆張りでしょうか。「嫌い」→「アイス」→「愛す」も意識下に生じますね。やはり自己紹介の歌で「入学式好きな食べ物レモンだと言いしあのこの訃報を聞きぬ」(モ花)を思い出しました。

●めずらしい名字はいつも時を止めきっとわたしはストップウォッチ
(猫のひげ・男・43歳)

「名字」を名乗るたびに、驚かれたり、聞き返されたり、由来を尋ねられたりするのだろう。「わたしはストップウォッチ」がいいですね。

イラスト2

では、次に自由題作品を御紹介しましょう。

●ささくれを取って机に置いておく しばらくすると硬くなってる
(猪山鉱一・男・24歳)

「ささくれ」の死後硬直とでもいうべきか。世界の細部への解像度の高さを感じます。

●やさしくてねむくてずっとしにたくてあかるい イルカが泳ぐみたいに
(有賀未来)

「イルカが泳ぐみたいに」という比喩が鮮やか。今ここに生きていることの実感は矛盾と屈折に充ちている。平仮名表記がその感覚を増幅しています。

●寝るための薬は誰かの眠りを固形にしたものだと教わる 
(シラソ・女・41歳)

輸血とかドラゴンボールの元気玉を連想しました。誰かの血、誰かの元気、そして「誰かの眠り」。確実に効きそうだけど、どうやって「固形」にするんだろう。

●見上げればアルミ工場のありてスギナを摘んだ両手をひらく
(Aki)

「夢中で摘んだけれど摘み終わって立ち上がろうとして視線をあげたら、という情景」との作者コメントあり。急に不安になったんだろう。捨てるとかではなく、「両手をひらく」という表現が魅力的。

イラスト3

●堂々とすれば気付かぬしりとりでレモンドリルが通ってしまう
(小林里純・女・35歳)

この世に存在しない「レモンドリル」を想像してしまいます。レモン形のドリル? それともレモン専用のドリルかなあ。

●お祭りの黒こんにゃくで適切なスマートフォンの食べ方を知る
(戸倉田面木・男・28歳)

形が似てる「黒こんにゃく」と「スマートフォン」が入れ替わることで、別世界が出現しました。「世田谷区育ちの君の夏休み「今日は彼女で海と泳いだ」」(岬)を連想。こちらは発音が似てる「she」と「sea」の入れ替わりですね。

●蜘蛛のいる脱衣所のある家みたい私の体の中の心
(小里京子・女・33歳)

「蜘蛛のいる脱衣所のある家みたい」という比喩がとてもユニーク。「今いて怖いです」という作者コメントがありました。

●気をつけてそいつは地球人だから近づきすぎると愛されちまう
(すきま)

その異星人にとって「愛」は猛毒なのかもしれない。「地球人」にとっても安全とは云えないけれど。

イラスト4

次の募集テーマは「ばらばら」です。自分にとってのばらばらと云えばなんだろう。花束、ジグソーパズル、歯並び、骸骨、マトリョーシカ、うーん、わからない。色々な角度から自由に詠ってみてください。楽しみにしています。
また自由詠は常に募集中です。どちらも何首までって上限はありません。思いついたらどんどん送ってください。

ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『満月が欠けている』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。

<第14回に続く>

ダ・ヴィンチ 2026年8月号 [雑誌]

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短歌ください 反対に回して篇 (角川書店単行本)

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