歌人・穂村弘が講評 『短歌ください』第219回のテーマは「誕生日」
公開日:2026/7/1
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年7月号からの転載です。

今回のテーマは「誕生日」です。誕生日が同じ人を意識しますね。
●いつと聞く君の言葉に声震え誕生日を忘れてしまう
(aoi・女・65歳)
「君」は軽い気持ちで聞いたのかもしれないけれど。自分の「誕生日を忘れてしまう」ほどの動揺は、やっぱり好きだからなんだろう。
●パスワード たんじょう日にしちゃだめらしい あなたの生まれた体重にする
(みつきの母・女・37歳)
この世の誰も、たぶん本人さえも知らない数字。親の愛情というものの重みを感じます。

●この夏もみずきハイツで年を取る 重たい鞄を今日も抱えて
(西崎美香)
「夏」生まれは必ず「夏」に「年を取る」。「みずきハイツ」の奇妙なリアリティがいいですね。
●一度だけある「おたんじょうおめでとう」一年後からずっと「日」がつく
(土屋ひろ菜・女・36歳)
「生まれたばかりの赤ちゃんへの寄せ書き」との作者コメントあり。確かに、それは新鮮な響き。一歳からはもう耳慣れた「おたんじょうびおめでとう」になりますね。
●白鳥のおまるに乗って流されて来た子と言われ育ったわたし
(うちわごっこ)
私が子どもの頃は、橋の下から拾ってきたが定番だったけど、「白鳥のおまるに乗って流されて来た」のほうが貴種流離譚めいて魅力的。
●玄関に色とりどりの傘があり呼ばれなかった誕生日会
(遊鳥泰隆・男・31歳)
子どもの頃の記憶か。「色とりどりの傘」が楽しそうな雰囲気を伝えてくる。こっそり様子を見に行ったのかなあ。

では、次に自由題作品を御紹介しましょう。
●届いたら読まずに食べて会いに来て木香薔薇の角を曲がって
(藤野結子・女・42歳)
童謡「やぎさんゆうびん」の本歌取り。「木香薔薇の角」のイメージが美しい。
●鳥が鳴き電気に目隠しされていたことに気づいた徹夜明けの朝
(とんこつ)
気づかぬうちに「朝」になっていた。そのことを「電気に目隠しされていた」と捉えたところがいい。
●満潮の時刻を告げる放送を皆聞き逃す朝食ビュッフェ
(田本悠馬・男・30歳)
旅先のワンシーンが鮮やかに甦る。「皆」の意識がビュッフェに向かっているのだろう。
●町田から君に宇宙に過去形の光みたいな拍手をおくる
(有賀未来・18歳)
いきなりの地名に不思議な魅力あり。「千葉県より恋のこころに告げていふきさらぎ空に雲雀啼くとぞ」(斎藤茂吉)を連想しました。

●デジャヴュとは既視感のことデジャヴュとはスギ薬局の爪切り売場
(横浜J子)
「スギ薬局の爪切り売場」が面白い。どこで「デジャヴュ」に襲われるかは選ぶことができない。
●春に見るべきは直した自転車にまたがり回る自転車屋さん
(八木直子・女・46歳)
自らの手で「直した自転車」に跨って試しているのだろう。「春」の季節感が新鮮に表現されている。
●みんなは平気な雨なの私だけ動かしているらしいワイパー
(シラソ・女・41歳)
直接的には「雨」と「ワイパー」を詠いつつ、「私」の核にあるものを示しているようだ。
●血液が注射器内に逆流し世界を一瞬だけ見て戻る
(稲野・男・25歳)
人間中心の見方を離れて、「血液」の視点で「世界」が表現されている。

●火葬場にさわぐ子どもら君達は永遠に生きる熱帯魚みたいに
(公木正)
遠い未来に彼らが焼かれる時も、「火葬場にさわぐ子どもら」はいるのだろう。ゆえに「永遠」の存在なのか。
●鳩時計飛び出る扉を手のひらで押さえて待った 0時だ、来いよ
(川嵜ななせ(直))
「鳩時計」の「鳩」に挑んでいるのか。一秒の時間が無限の意味を持っていることに気づかされる。
次の募集テーマは「獣」です。動物とはニュアンスが違いますね。色々な角度から自由に詠ってみてください。楽しみにしています。
また自由詠は常に募集中です。どちらも何首までって上限はありません。思いついたらどんどん送ってください。
絵:藤本将綱
ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『満月が欠けている』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。
単行本最新刊『短歌ください 反対に回して篇』好評発売中!
