不愛想なイケメン俳優を気鋭の脚本家が熱血プロデュース!? 現代版「マイ・フェア・レディ」を描く『京都東山邸の小鳥遊先生』【書評】
PR 公開日:2026/8/5

ほしいものや描いた未来を、諦めることに慣れている。必死に努力して、ようやく手に入りそうになったところで、賽の河原の鬼のように呆気なく崩される。そんな経験が、人より多かったせいかもしれない。足掻き続けるよりも、諦めるほうが楽だ。いつからそう考えるようになったのか、もう、思い出せない。
「京都寺町三条のホームズ」シリーズや「満月珈琲店の星詠み」シリーズでお馴染みの望月麻衣氏による長編小説『京都東山邸の小鳥遊先生』(ポプラ社)は、大切なものを諦めたふりをして、その実、まったく諦めきれずにもがく人々が登場する。
脚本家の小鳥遊葉月は、役者の不祥事が発覚したため急遽脚本を書き替えねばならず、大ピンチに陥っていた。「書けない」とべそをかく姉をなだめつつ叱咤激励するのは、妹の美沙。異父姉妹の二人は、言葉遣いから雰囲気まで、まるで似ていない。
どうしても筆が進まない葉月は、気分転換にテレビをつけた。画面に現れたのは、かつての人気グループ「BERRY・BERRY」のメインボーカルで、解散後に俳優へと転向した鈴木英輔だった。いわゆる“イケメン”の英輔は、ドラマの番宣でバラエティ番組に呼ばれていた。だが、キャスターに話を振られても、まともな返答をせず冷めた表情をしている。その態度はお世辞にも好印象とは言えず、葉月は遠慮なく画面に向かって毒を吐く。
その後、葉月は美沙と共に義父が営む小料理屋「ぎをん」へと足を運ぶ。店内で、先ほど目にした英輔の酷評を語る葉月に、突如隣の席の男性が激昂した。その男性は、鈴木英輔その人であった。当初は感情のまま葉月に怒りをぶつけていた英輔だが、やがて次のように叫ぶ。
“「俺がどうしたら成功するのか教えてくれよ!」”
テレビで見たイメージと実際の英輔とのギャップに興味を持った葉月は、名作「マイ・フェア・レディ」のヒギンズ教授さながらに、英輔のプロデュースを買って出る。クールを売りにしていた彼は、実は情熱的で感動屋。そんなギャップを隠さず、素直に曝け出す葉月の作戦は大当たりで、伸び悩んでいた英輔の人気は鰻上りとなった。同時に、バンド時代からのファンは、英輔が再び歌うようになることを切に望む。しかし、英輔はその要望を頑なに拒否し続ける。英輔が歌えなくなったのには、ある秘密があった。
英輔には強気な葉月もまた、肝心な場面では己の本音を押し殺す。身近な仕事関係者に恋心を抱くも、それを全面には出しきれない。そうこうしているうちに、思いもかけないライバルに先を越されてしまった葉月は、その悔しみさえも胸の内に押しとどめる。そんな葉月を心配する英輔は、心とは裏腹に、容赦ない言葉を投げかける。
“その『本当に欲しいもの』とやらを一度でも『欲しい』って言ったことあるのかよ?声を大にしてそれが欲しいって言ったことあるのかよ”
英輔のこの台詞は、私の胸の真ん中に深く突き刺さった。いつのまにかうまくなった諦めと妥協。土俵に立って戦い続けるより、そのほうが楽だと知ってしまった。外的要因はあれど、そこに甘んじたのは己の弱さゆえではなかったか。
本書が描くのは、ハートフルな人間関係や淡い恋心だけではない。「仕事」に対する責任、クリエイティブに携わる者の矜持と、その姿勢。それらが混然と描かれることで、登場人物一人ひとりに深みが出ている。
外側からは「恵まれている」と言われる人の見えない葛藤。コントロールできない感情。選べない生育環境。歌に救われた人の思い。さまざまなバックグラウンドや深層心理を持つ人々が、「英輔をスターにする」という目的のために集結する。貪欲に、素直に、水を飲むかのようにアドバイスを吸収する英輔は、スターへの階段を駆け上る。立ちはだかる壁もまた、彼の成長の糧でしかない。葉月と英輔の関わり合いが、ヒギンズ教授によって華やかな変貌を遂げるオードリー・ヘプバーンと重なる。現代版「マイ・フェア・レディ」は、諦めに支配された人々の心に、ひと欠片の勇気を与えてくれる。
葉月の職業が脚本家ということもあり、創作や「書く」仕事に携わる人にとっても、心に残るエピソードが満載の一冊だ。
もう一度、やってみよう。「これが欲しい」と、声を大にして言ってみよう。その一歩を踏み出す勇気を欲しているのは、きっと私だけではない。そんな人たちに、この物語が届くといい。諦めないで、投げ出さないで、自分を信じて。まっすぐなメッセージが胸に届く物語は、きっと多くの人にとって、優しい応援歌になるだろう。
文=碧月はる
