崖っぷち漫画家vs.クセモノ編集者の愛憎劇!? 『東京最低最悪最高!』の鳥トマトが初の小説集を刊行【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/8/21

漫画でイけ
漫画でイけ(鳥トマト/文藝春秋)

 漫画はいかに生み出されるのか。古くは『トキワ荘物語』『まんが道』、映像化もされた『バクマン。』や『重版出来!』などなど、漫画家たちが自分たちの仕事である「漫画制作の現場」を描く物語は一定の人気を誇る。人気漫画家・鳥トマトさんの新刊『漫画でイけ』(文藝春秋)の舞台となるのも、こうした漫画制作の現場。ただし、こちらはコミックスではなく、著者初の「小説集」であり、描かれるのも「漫画家vs.編集者の愛憎」というディープな世界だ。

 鳥トマトさんはビッコミで100万PVを突破し、SNSで大論争を巻き起こしたコミック『東京最低最悪最高!』で知られる人気漫画家。ご自身のXのプロフィールでは「漫画家たまに小説家」と自称されているように、現在、小説でも大注目をあびている。なにせ本書に収録された2篇の物語はいずれも大きな話題となったもの。表題作「漫画でイけ」の初出は『文學界』(文藝春秋)で、掲載時のSNSでの反響も大きく、複数の文芸時評にも取り上げられたし、もう1篇の「僕の血」は文學界新人賞の最終候補となった作品なのだ。

クセモノ編集者との出会いで変わった、漫画家の運命

 この2つの物語はどちらも崖っぷち漫画家が主人公だ。

「漫画でイけ」のツグミは人生初の少年誌での連載で大爆死してから漫画の仕事はなくなり、今はアシスタントをしたりサブカル漫画を描いたりしてしのぐ状態。一方「僕の血」の鳩太郎は、2年前に短編集を2冊出したっきりで、今は連載を獲得できていない読み切り職人。糊口をしのぐために、今は出版社のライセンス事業部で業務委託として働いている。二人とも「私には何もない。でも、漫画がある」との覚悟はあるが、ヒットにめぐまれなければ連載も遠い夢。だが、そんな二人の運命は「クセモノ編集者」との出会いで変わっていくのだ。

 ツグミが出会ったのは、人気作家・蛇川の紹介で「売れる漫画のロジック」を語る男性編集者・野分。「俺が関われば絶対にヒットする」と豪語する姿は驚くほど自信満々で、ツグミはすっかり圧倒され恋愛にも似た感情まで抱いてしまう。

 鳩太郎が出会ったのは美人編集者・半本。レズビアンの鳩太郎の理想にぴったりで(ガレージファッションが似合って、退廃的な目つきで、タバコを吸っていて、三白眼)、鳩太郎は半本に喜んでほしくて一生懸命ネームを考えるのだ。編集者と漫画家の関係は特殊で(漫画家や作家志望だった編集者が屈折を孕んでいたり、距離が近すぎたり…)、その危うさにちょっとザワザワする。

 でもやはり、漫画は漫画家のもの。漫画家たちは創作の苦しみの中でどうにもならない「個」と向き合って、心と身体から血と涙を流しながらそれぞれが純粋な強靭さを増していく。漫画家である鳥トマトさんが著者なだけに、生々しさとエグみとピュアさが入り混じる激しい心理描写は抜群で、ぐんぐんひきずりこまれる。

 なお「漫画でイけ」には編集者・野分と先輩漫画家の蛇川さんをモデルにした漫画も収録されている。小説とはまた違う「純粋さ」のようなものが際立つのも、シンプルなネームと絵で成立する漫画の面白さかもしれない。

『漫画でイけ』P.106から引用
『漫画でイけ』P.106から引用
『漫画でイけ』P.120から引用
『漫画でイけ』P.120から引用

 小説×漫画のハイブリッド文学を爆誕させてしまう鳥トマトさんの独自ワールド、もっといろいろ見てみたい!

文=荒井理恵

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