シソンヌ・じろうが女性の職種と住所歴だけをヒントに描いた10個の妄想ストーリー。失踪した母を求めて突然メキシコに? 『あの子が故郷に帰るとき』【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/8/14

あの子が故郷に帰るとき
あの子が故郷に帰るとき(シソンヌ じろう/双葉社)

 偶然、電車で隣り合った他人や、SNSに唐突に流れてくる見知らぬ誰かの自撮り写真。そうした、自分とはなんの接点もない人たちにも、当然ながらそれぞれにいろんな人生模様がある。彼ら彼女らの半生を勝手にイメージしてみる……とまではいかないまでも、“何をしている人なのかな?”ぐらいの想像を働かせた経験は、きっと誰にでもあるはずだ。シソンヌ・じろうさんの『あの子が故郷に帰るとき(双葉文庫)』(双葉社)は、まさにそんな妄想全開の物語を紡いだ10篇の短編小説集となっている。

 もとは、ローカルライフ・ウェブマガジン「雛形」で連載されていた本作。写真家・志鎌康平氏が撮影した女性のポートレートと、その女性の職種や住所歴だけをヒントに、じろうさんが完全創作で、彼女たちが故郷を離れてひたむきに生きる姿を一人称で綴ったものだ。2018年に単行本として刊行され、このたび8年の時を経て、待望の文庫化となった。

 登場する女性たちは、その多くが数奇な人生を歩んでいる。たとえば、第2話の「母と別れて三千里」。幼少期から失踪癖のあった主人公・真理子は、12歳になって初めて実は母親のほうが失踪していて、8年ほど前から家にいないことに気づく。これだけでも充分おかしな出来事なのだが、彼女の語り口がとても淡々としているため、さほど重要なことではないのかと感じてしまえるところが面白い。その後、17歳の誕生日に突如母から届いたポンチョの贈り物。そして21歳の冬、ジャングルで彷徨う不思議な夢を見た真理子は何かを悟り、母の行方を求めてメキシコへと一人旅立っていく。

 ここからの物語は実際に本を手にとって読んでいただきたいのだが、ひとこと付け加えるならば、読む側もまるで夢でも見ているかのような突飛な展開が続いていく。しかし、“この話、一体どこに転がっていくのだろう!?”という、そのハチャメチャ具合がなんとも心地いいのだ。そして、あろうことか奇想天外な行動をとる主人公に感情移入し、気づけばくすりと笑いながら共感してしまっている自分がいる。これぞまさにコント師としての真骨頂と言え、まんまと物語の沼に落ちていることに喜びと楽しさを感じてしまう。

 また、特筆すべきは、ストーリーの振り幅からも感じ取ることができる、じろうさんの想像力の豊かさだ。第3話の「私のばあば。私はばあば」では、大好きだった祖母が他界したあとに自分の体に乗り移り、その後も主人公が2つの人生を交互に生きるという、オカルトチックでありながら心温まる物語を展開。ほかにも、引きこもりだった少女がバスターミナルの存在に魅了され、はては、そこで働くおじさんをまるでストーカーのように追いかけて拠点を移していく、ややシュールな「夜行バスに揺られて」など、エピソードごとに世界観が大きく変化していく。いわば、ノンジャンルだからこそ、より先の読めない魅力がこの一冊には詰まっている。

 そうしたなか、少し異色と言えるのが最終話の「ヨウコさんへ」かもしれない。女優、西田尚美さんをモデルにしたこの一篇では、主人公の少女が役者を目指すきっかけとなった物語が叙情的に語られている。西田尚美という誰もが知る人物には、多くの共通したパブリックイメージが存在する。しかし、そのイメージを崩すことなく、新たに創作したストーリーを上乗せし、違和感なく成立させていく筆力には、ただただ驚かされるばかりだった。

 すべての物語を読んだあとに残るのは、繊細さと壮大さがないまぜになった小説としての面白さと、上質なコントを同時に味わったかのような満足感だ。そして、すべての登場人物たちに対する愛おしさがいつまでも心から離れない。それはきっと、著者の根底にあふれる、他人に対する優しさが文章の隅々に満ちているからだろう。シソンヌ・じろうが紡ぐ人間讃歌をぜひたっぷりと堪能してほしい。

文=倉田モトキ

あの子が故郷に帰るとき (双葉文庫)

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