SM女王様から一転、ゴミ屋敷化した実家で認知症の母とダウン症の姉を介護!? にしおかすみこの大人気エッセイ『ポンコツ一家』が迎えた涙の最終章

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/9/30

『ポンコツ一家 最後の2年』
『ポンコツ一家 最後の2年』(にしおかすみこ/講談社)

 「母よ。……私は実家に戻ったら、ちょっとずつ日常の些細な思い出が溜まってきちゃって、情が移っちゃって、気持ちがブレて、少し困っているよ」

 その言葉に胸がギュッと締め付けられる。介護の壮絶な毎日に息をのみ、かと思えばガハハハと笑わされて、しまいにはホロリと泣けて。ページをめくるうち、この一家の何でもない日々が、いつの間にか私の中にも降り積もった。

 読んでいる私たちを、いつまでも他人ではいさせてくれない本――それが、『ポンコツ一家 最後の2年』(講談社)。にしおかすみこさんが家族との日々をつづったエッセイ集だ。にしおかすみこさんといえば、SMの女王様姿での漫談で一世を風靡した芸人、というイメージが強いだろう。だが、彼女が家族の介護に向き合う日々を送っていたことを、ご存じだろうか。2020年、コロナ禍に千葉の実家へ久しぶりに戻ったにしおかさんを待っていたのは、ちょっとした「ゴミ屋敷」と化した家と、かつて一家の大黒柱だった母の異変。にしおかさんは家族との同居を決意する。その暮らしを赤裸々につづったWeb連載「ポンコツ一家」は大きな反響を呼び、これまでに2冊が書籍として刊行された。そして、最新巻となる本書は、シリーズ第3弾にして最終章。2025年11月、84歳で母が亡くなった月、「最後の2年」までにしおかさんが執筆したものがまとめられている。

それでも、なぜか笑ってしまう

 認知症の母、ダウン症の姉、酔っぱらいの父……。にしおかさんの家族との暮らしは、ひと筋縄ではいかない。それなのに、彼女の筆致はどこまでも軽やか。思わずフフッと笑わされてしまう。

 にしおかさんは毎朝5時に起き、家族の食事を作りおきする。ところがある日、電子レンジを開けると、何日分ものタッパーと、小分けで冷凍保存していたご飯がぎっしり。父が「好きなものを選んで食べればいい。残りは捨てればいい」といったことを言えば、母が「誰が働いて、誰がどんな気持ちで作ってると思ってんだ!」とキレる。そうだ、もっと言ってやっれ――と思ったところで、母は言う。「ぜーんぶ、私さ!!」。……違う。全部作ったのは、にしおかさんなのに。傷んだものを捨てるのも、結局にしおかさんなのに。

「死ね」と言ってしまう日も。介護はきれいごとじゃない

 もちろん、笑えることばかりではない。家族の金まで飲み代にしてしまう父と、お金を渡せば家で暴れないからと金を渡そうとする母。にしおかさんは悲しくて、悔しくて、母に「死ねーーー!!!」と叫んでしまう日さえある。そんな自分に自己嫌悪もする。

 姉が体調を崩したときも、どうすればいいのかわからない。病院へ連れて行きたいのに母とは話がまとまらず、ひとまず翌日にしようと仕事へ向かえば、母からは「あんたも家にいない」「放ったらかしで、薄情者ばっかり」とメールが届く。認知症の症状から出た言葉だとわかっていても、傷つかずにはいられない。自分の人生だって大切にしたい。でも、家族を放っておくことはできない。その間で揺れる気持ちまで隠さず書くからこそ、にしおかさんの言葉は胸に刺さる。

忘れていく母。それでも、母は母

 笑いのすぐ隣には寂しさがある。大晦日、母と姉と3人でワイワイ楽しく母の地元の郷土料理・岡山寿司を作ったのに、少しすると母はもうそのことを忘れている。一緒に作ったのだと伝えても、食卓では母が「すみちゃんの作ったお寿司は美味しいねえ。ママ大助かり。ママもお姉ちゃんも食べるだけ〜。楽ちんだねえ」と笑う。「私、イライラもするけど、楽しかったから、なかったことみたいになっちゃうのが、まだ、ときどき寂しいんだ」――にしおかさんのそんな言葉は、たまらなく切ない。

 それでも、昔の母がすべて消えたわけではないだろう。母は昔から、にしおかさんが自由に自分の人生を歩めるよう、姉の世話を一切させない人だった。そんな母の面影は、本書の端々に残っている。いろいろなことを忘れてしまっても、娘に苦労をさせたくないという思いは消えていない。たくさんのことを忘れても、母は母だ。そう気づかされるたび、つい目頭が熱くなってしまう。

 2回やったお正月。真冬の庭での豆まき。「シイタケ?」と間違えられたドライいちじく。母が作ったちょっと不格好なボトルカバー。3人で折った折り鶴――。笑って、怒って、ときには傷つけ合いながら過ごした日々の断片が、読んでいるこちらの心に残る。読み終えるころには、にしおかすみこさんのことを他人とは思えない。家族と同じように「すみちゃん」と呼びたくなる。「すみちゃん。私もすっかり、すみちゃんの家族に情が移っちゃったよ。だから、どうしようもなく寂しいよ」と呼びかけたくなる。

 どうして人は老い、どうして別れはやってくるのだろう。にしおかさんの家族を思いながら、いつしか自分の家族のことまで考えている。介護のただ中にいる人にも、まだそれを身近に感じていない人にも。大切な人と過ごす何でもない日々のことを考えさせてくれる一冊だ。

文=アサトーミナミ

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