歌い手たちが駆け抜けた“あの頃”――黎明期から活躍するライブプロデューサー・事務員G×人気ボカロP・みきとPのスペシャル対談!

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/31

ある日、歌い手を拾ってみた。
ある日、歌い手を拾ってみた。』(事務員G/KADOKAWA)

 歌い手やボカロPによる楽曲がヒットチャートの上位に名を連ねるのは今では当たり前となったが、長年活躍を続けているのがライブプロデューサーの事務員Gさん。彼が2022年12月に書き下ろした小説『ある日、歌い手を拾ってみた。』(KADOKAWA)には、2010年代前半の“界隈”に漂っていた空気感がたっぷりと詰め込まれており、平成時代のネット青春記と呼べる一作に仕上がっている。

 本書では、黎明期を駆け抜ける歌い手の若者たちが数多く登場し、情熱と葛藤を抱えながら突き進む姿をリアルに描写。また、物語の登場人物と同じような道のりを実際に歩んできた人気ボカロPであるみきとPさんが、この小説のためにオリジナルの作中歌の歌詞を書き下ろしている。

 本稿でお届けするのは、同じ時代を過ごしてきた事務員Gさんと、みきとPさんによるスペシャル対談。当時のリアルな感覚とこれからの“界隈”について語り合ってもらった。

取材・文=山岸南美

advertisement

2012年、黎明期のリアルを描写

――事務員GさんとみきとPさん、ご一緒するのはお久しぶりですか?

事務員G:顔を合わせるのはお久しぶりですね。でも、連絡取り合ったりTwitterで繋がってたりするので“お久しぶり感”はあんまりないです。

みきとP:ですね(笑)。

事務員G:最初の出会いは……何でしたっけ?

みきとP:本当の最初かどうかわからないんですけど、ごはんに呼んでいただいたのを覚えてますよ。

事務員G:初対面ってことなら、自作CDの即売会とかですかね。でも、ちゃんとお話しできたのはごはん食べた時かな。

みきとP:事務員さんのお家に誘っていただいたんですよね。あ、でも……?

事務員G:ん?

みきとP:だいぶ昔に神戸でバンドやってたんですけど、その時に事務員さんをライブ会場で見かけたような気がして。お家に呼んでいただいた時に「見たことある、この人」って思ったんです。でも、話してみると食い違う部分もあったりするから、人違いかもしれない。

事務員G:確かに、神戸に通っていた時期はありますからね。可能性としてはあります。僕も今思い出したんですけど、みきとさんの「いーあるふぁんくらぶ」っていう楽曲の歌詞に、神戸の元町にある中国語教室が出てくるんですよ。僕、相当昔にその中国語教室の前で写真を撮って「ここが、あの!」みたいな感じでツイートしたら、みきとさんも反応してくれて。

みきとP:「いーあるふぁんくらぶ」は2012年リリースだから、もう10年以上前ですね。

――2012年はこのたびの小説『ある日、歌い手を拾ってみた。』の舞台でもあります。この小説に描かれている2012年の物語、みきとPさんはどんな感想をお持ちですか?

みきとP:まず、この界隈をずっと見てきた事務員さんらしい内容、事務員さんだから書ける物語だなって思いました。すごい読みやすい文章で20代の若者の物語が描かれてるんですけど、その頃の出来事を追体験できた気がします。そして、物語の中の彼らが無性に羨ましかった。自分はもうあの頃には戻れない、時は遡れないっていう事実を突きつけられたし、そういう年月の残酷さみたいなものも個人的には感じました。

事務員G:小説の中に、すごくリアルな部分をたくさん入れたつもりなので、追体験できたっていうみきとさんの感想はすごくうれしいですね。「こういう時代、あったな」っていうね。2012年頃は僕やみきとさんの場合、すでにネットで活動を始めて数年後の時期ですよね。

みきとP:ですね。2012年は秋に「いーあるふぁんくらぶ」を出したんですけど、その前後が少しリリースの間隔があって。動画投稿して同人CDを作って即売会で売って、っていう日々だったと思います。そういう当時の熱気やノスタルジックな空気感がこの小説に漂ってる感じがする。

事務員G:あの頃の空気感っていう部分は、僕自身もすごくこだわっていた部分です。物語の中に出てくる天気の描写を現実世界のその日の天気と同じにしてあったり、今ではランドマークになってる新宿駅南口のバスタ新宿が小説の中では建設中だったり。

作中歌「新宿駅」の歌詞に描かれた光景

みきとP:当時の僕自身、新宿周辺に住んでたから、風景の描写は読みながら「そうそう」って感じでした。特に新宿駅の南口から西口にかけてのエリアは、僕もなぜか愛着がありますね。

事務員G:そうなんですよ! この小説、「新宿」と「雨」が重要なモチーフになってるんですけど、原稿を書くために新宿一帯に何度も通ったんです。記憶を呼び覚ますために。

みきとP:「新宿」と「雨」と聞いて、すごく腑に落ちる部分がありますね。実は僕、作中歌「新宿駅」の作詞をするときに思い浮かべたのが、西口のヨドバシカメラがある路地なんですよ。しかも、雨が降ってる日の。ヨドバシのマルチメディア館があって……。

事務員G:バスタができる前はその建物の前が長距離バスの乗り場だったんです!

みきとP:そうそう。僕、上京する時だか実家に帰るときだかに、実際にその乗り場から長距離バスに乗ったことありますよ。事務員さんから今回の作詞のお話をいただいた時、雨の日にあのあたりの路地で、っていう情景がすぐに思い浮かんだんです。狭くて十字路がいっぱい重なっていて、あそこで大雨なのに傘を差したままま立ち止まったらすげー迷惑だなー、と。作中歌はあのエリアをイメージして書いた詞です。

事務員G:小説の主人公は山梨県出身なんですけど、上京してきた主人公にとっての思い出の新宿って、まさにその路地裏のバス乗り場なんですよね。裏設定でしたが、みきとさんにはお伝えしてないはず……ですよね。

みきとP:伺ってなかったはず……です。

事務員G:こういうふうに、同じ時代を過ごしてきたみきとさんとシンクロできるのがすごくうれしいです。これは本当に感無量だなあ!

――偶然の一致というよりも、あの頃の空気感を共有しているからこその“当然の一致”という気もします。

事務員G:僕の気持ちを言えば、小説を書き進めていく上で、みきとさんの存在はすごく大きかったんですよね。書いている最中はみきとさんの数ある楽曲の一部分が頭の中で鳴りっぱなしっていう感じ。歌い手が主人公の小説ですけど、特定のモデルがいるわけじゃないんです。その当時から活動している人たちのエピソードをまとめあげたものが主人公の人物像になってる。でも、作中に出てくるボカロPは完全にみきとさんの存在を思い浮かべちゃってる部分は僕の中にかなりありますね。

――作中歌の「新宿駅」はどんな形で依頼されたんでしょう?

事務員G:今回の作中歌は、「新宿駅」というタイトルが先に決まってて、こういう発注の仕方が失礼かもしれなくて、本当に恐縮してました。でも、もともとみきとさんの作られた「東京駅」っていう歌があって、それはかなり意識してましたね。アンニュイな感じというか。駅でのふたりをモチーフにしているという意味では、そこは共通しますから。

みきとP:いえいえ。僕のほうも愛着のある新宿が舞台の話だったし、当時のことを思い出して懐かしい気持ちを味わってました。作中歌の歌詞はすんなりと仕上がった感じです。ヨドバシカメラのあるエリアって、僕からすると“東京”の象徴みたいに見えたりもします。ヨドバシに行ったらCDも最先端の機材も何でも手に入るから。だから、事務員さんから新宿が舞台って聞いて、すごく納得感がありましたよ。

“新しいもの”にチャレンジする気持ちは昔も今も同じ

――黎明期を知るおふたりから見て、現在の歌い手やボカロPの状況はどんなふうに映っていますか?

みきとP:昔とは違って、VTuberに転向したりゲーム配信を並行していたり、活動の幅自体は広がってると思います。「歌ってみた」っていうジャンルは今も人気だし、衰退しているとは思わないけど、純粋に“歌い手”だけというよりは、もっとマルチに活動している人が多いなって印象です。

事務員G:確かに、そういう人たちが増えているような気がする。あと、10年前と今を比べた時に決定的に違うのは、みきとさんみたいな“先人”がいるかどうかってこと。歌い手だったりボカロPだったり、いろんな生き方がモデルとして提示されているのが今の状況だと思うんです。だからこそ、活動の幅も広げやすいし、「私は歌い手になりたい」「私はボカロPになりたい」っていう目標も立てやすいし。僕やみきとさんが活動を始めたばかりの頃って、そういうモデルはいなかったから、自分のやりたいことをやるしかなかった、っていう感じはします。

みきとP:僕個人の実感で言えば、2012年の当時に歌い手やボカロPやってた人は「将来こうなりたい」みたいな発想や未来像はなかったですよ。

事務員G:まさに僕もそのタイプです。東京オリンピックの開催が決まった年だから10年近く前だと思うんだけど(注・開催決定は2013年)、その当時のマネージャーに「僕、東京オリンピックの頃って何やってるんでしょうね」ってつぶやいたんですよ。マネージャーは「事務員さんは“事務員G”を続けてると思いますよ」って言ってくれたんだけど、僕自身が「まさか、そんなわけないですよ」って(笑)。そのくらい、先のことなんて考えてなかったんですよ。

みきとP:僕もまったく同じ。「この先こういうポジションに行って」みたいな将来設計はまったくなかった。

事務員G:10年前の僕らって、人生の先輩たちから見たら「わけのわからんことをやってる若僧」だったんじゃないかな。

みきとP:将来のこととか考えずに、楽しいからやり続けたし、やり続けるうちに結果も残せるようになったっていう感じですもんね。

事務員G:でも、昔も今も同じなのかな、と思ったりもします。昔の僕らが歌い手やボカロPっていう“新しいもの”にチャレンジしたのと同じように、今の2023年にも“新しいもの”はあるはずじゃないですか。だから、僕たちが気づいていないだけで、10年前の僕たちと同じような熱量で何かにチャレンジしている若い人は、必ずいるんです。

みきとP:確かに、そういうモチベーションのような部分は不変かもしれないですね。

事務員G:『ある日、歌い手を拾ってみた。』っていう小説は10年前を舞台にした物語なんだけど、今この瞬間に青春を生きている人にも、10年前の僕たちの情熱を共感してもらえたらうれしいですね。

あわせて読みたい