『インストール』『蹴りたい背中』…鮮烈なデビューから20年! 綿矢りささんが次に書きたいのは「悪い人」が主人公の小説!?

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/8

オーラの発表会 (集英社文芸単行本)

著:
出版社:
集英社
発売日:
撮影=新潮社 青木登

 綿矢りさ氏の作家デビューは鮮烈だった。高校2年生の時に書いた『インストール』で文藝賞を獲得し、19歳にして『蹴りたい背中』で芥川賞を最年少受賞。一時期執筆に難渋していたものの、映画化もされた『勝手にふるえてろ』(2010年)、大江健三郎賞を受賞した『かわいそうだね?』(2011年)あたりから、傑作をコンスタントに量産する無双モードに突入。第26回島清恋愛文学賞を受賞した『生のみ生のままで』では女性同士の恋愛を描き切っていた。そして、作家デビュー20周年を迎えた今年、『オーラの発表会』(集英社)を上梓。これがまた、綿矢が作家として新たなフェイズに足を踏み入れたことを実感させる傑作だ。9月28日には2020年の日記をまとめた『あのころなにしてた?』(新潮社)も刊行する綿矢氏に、主に『オーラの発表会』について話を聞いた。

(取材・文=土佐有明)

『オーラの発表会』(綿矢りさ/集英社)

――『オーラの発表会』の主人公で大学生の海松子(みるこ)は、綿矢さんの過去作には出てこなかったタイプのキャラですね。学食で学生の口臭を嗅いで、どの料理を食べたのかを完璧に言い当てる。

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綿矢りさ氏(以下、綿矢):海松子はとにかく人と仲良くしたいし、友達が欲しいんだけど、きっかけが見つからないんです。でも、学食のメニューについてだけは異常に詳しいから、それを武器にして話を繋げたいと思う。今までの作品では人の気持ちが分かりすぎて辛くなる人を描いてきたけど、逆に分からなすぎて辛くなっていく人を書きたいと思ってました。海松子は人の顔や表情から空気を読むことができないんです。すごく不器用で。

――でも、海松子は観察眼が鋭いですよね。人の化粧や服装を完璧にコピーする友達の萌音を「まね師」、いつもポテトチップスのサワークリーム&オニオン味の匂いがする男性を「サワクリ兄」、などと脳内であだ名をつけている。

綿矢:それは他人を図鑑みたいに見ているからでしょうね。この人はこういう特徴があるからこういうあだ名がいいかなって。性格よりも特徴に目をつけています。

――学食の話でも分かりますが、海松子は嗅覚が鋭いですね。

綿矢:海松子の五感は子供の頃から変わっていないんです。子供って匂いに敏感で、フラットに匂いを嗅ぎわけられるじゃないですか。臭いものもいい匂いのものも、先入観なしに嗅ぐところがある。海松子もそういう感じで匂いを感じられるんです。

――海松子のキャラは立っているけど、物語の推進力となるのは友達の萌音ですね。

綿矢:そうですね。海松子は割と現状に満足しているタイプで、キャラとしては自由に動かしづらくて。萌音は欲望が強くてたくさん動いてくれるから、萌音がいて初めて物語になった気がします。あと、海松子と萌音はふたりとも本音で話すので、互いに正反対の考えが浮かぶ。そこがいいなと思いながら書きました。仲のいい友達同士というよりはコンビですね。ふたりがいることで話が転がっていく。萌音もそうですけど、書いていて楽しい人を書くのが自分の執筆のスタイルなんです。

――僕が本書でいちばん面白いなと思ったのが、海松子たちが訪れる喫茶店の名前です。「店内は汚くて」「食事以外の楽しみを一切省いた」店の名前が「ポテンシャル」。学生には知られざる店だけど料理はおいしい。「人は来ないけどポテンシャルはあるぞ!」ということですよね(笑)。

綿矢:そうそう、人が来ないけど謎に生き残っている、知る人ぞ知る店なんです。学生街って学生の目を惹くためにか、結構変わった名前の店が多かったのでつけましたね。「ポテンシャルはあるぞ!」っていうのはその通りです(笑)。

――綿矢さんはネーミングがいつも秀逸だと思います。今回の登場人物はどのようにしてつけていったんですか?

綿矢:最初、和風のイメージが欲しくて「松」っていう字を入れたかったんです。でも、「松子」やったら『嫌われ松子の一生』とか有名な作品があるので、それはダメになって。名前について調べていったら、海松子でミルコと読む名前を見つけて、古式ゆかしい主人公に似合うなと思い、つけました。登場人物の名前は、物語の中で邪魔にならず、イメージしやすいものにしています。その小説の内容に合った漢字が並ぶようにしたいですね。難しい漢字も使ったりはしますけど、読みにくかったり浮いたりするものは、できるだけ控えているつもりです。海松子の知り合いの男性は奏樹(そうじゅ)という名前ですが、繊細そうで芸術性のある性格というイメージでつけました。

――海松子が凧を揚げるシーンがありますが、あれは実体験ですか?

綿矢:そうです。子どもの頃は凧ってひとりで揚げられなかったんです。持ってくれる人と走る人がいないとダメだったので。でも、大学生の時にバイオカイトっていうひとりで揚げられる凧が登場して。それはすごく軽くて、手を放して風に揺らすだけで揚がる凧なんです。あと、意外とポータブルなので旅行先に持って行って、ひとりの時によく揚げてます。作中で海松子と萌音はふたりで凧を揚げてますけど、誰かと一緒に揚げられるならそうしたいですよ。でも、そういう趣味の人もあんまりいないし、凧揚げしようって誘って来てくれる人もそうそういないじゃないですか(笑)。結果、おひとりさまのソロ活みたいな感じでやっています。

――実体験といえば、子どもが土を食べるシーンもありますが、もしかして……。

綿矢:はい、子どもの頃ちょっと食べたことがあって(笑)。どんな味がするかな? って友達と一緒に砂場の土を食べました。皆の意見をまとめると、「チョコレートのような味がする」っていう結論に至りました。多分、見た目で決まったんでしょうね。緑の植物はメロンの味がするとか本気で言ってる子もいたので(笑)。

――僕の中で海松子の特徴は、綿矢さんもお好きなコラムニストで漫画家の辛酸なめ子さんと似ているんです。観察眼が鋭く、黙ってじっと対象をウォッチしているというか。

綿矢:あー、なるほど。辛酸さんは大好きで本もほとんど読んでいるので、そう言っていただけるとうれしいです。ただ、海松子は見えているところが限られていて、そこに関しては鋭いんやけど、辛酸さんは違う。辛酸さんの本を読むと、彼女は全方向に鋭く的確な観察が向かっていると分かるんです。ニュースにもファッションにも詳しいし、街のどこに何があるとか、こういう職業があるとか、とにかく色々なことを知っている。それでいて、本気か冗談か分からないような文章を書くじゃないですか? 素敵だなと思いますね。

――ちなみに、最近読んだ本ってなんでしょう?

綿矢:今年で98歳になる小説家の佐藤愛子さんのエッセイや、94歳でなくなったやなせたかしさんの文章とか、90代の方のエッセイを読んで、元気をもらってますね。どういう風にしたら長生きできるか、その秘訣を知りたいと思って。105歳で亡くなった医師の日野原重明さんなどもそうですけど、共通するのはめちゃめちゃ性格が明るくて、気持ちが元気やっていうことで。なるほどなって思いました。

――本以外で刺激を受けるものってありますか?

綿矢:Amazonプライムなどで映画をよく観ます。中国の映画は叙情的な作品が多くて好きですね。映画館に観に行ったりもします。

――音楽はどうでしょう? 『生のみ生のままで』には、ロシアの作曲家のカプースチンの曲だと仄めかす音楽が流れてきますね。

綿矢:カプースチンの音楽はYouTubeで他の曲を聴いていた時にサジェストされていて。聴いてみたらその音楽性に惹かれて、小説にも出してみようと思いました。音楽は、学生の時はスピッツやはっぴいえんど、大瀧詠一さんの音楽を聴いていました。最近は好きな映画のサウンドトラックを聴きますね。

――あと『生のみ生のままで』には、主人公ふたりがデートでアートの展示に行きますが、あれはもしかしてチームラボですか?

綿矢:そうです、今、お台場のほうでやっている展示は2回行きました。あとサウナを体験する展示があるらしいんですけど、まだ行けてないんです。

――今後書いてみたいテーマはありますか?

綿矢:主人公が悪い人という小説を書いてみたいです。もとから倫理観がないような人を主人公にしたら見えてくるものもあるなと思っていて。そうは言っても、シリアルキラーみたいなのじゃなくて、近くにいそうなくらいの感じに良心のない人を書きたい。その人たちから世界がどんな風に見えるのかを追ってみたら面白そうだなって。最近、そういう人の目線が気になるんですよ。良心の欠如とまで言うと言いすぎですけど、ちょっと配慮に欠けたり、常識から外れたりした人ってたくさんいるわけで、その人たちの目線で小説を書いてみたいですね。

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オーラの発表会 (集英社文芸単行本)

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